「これまででいちばん多く Like がついた」というオバマ前大統領の一連のツイート(ネルソン・マンデラの引用)は,日本語ニュースでも各所で紹介されている.心動かす発言・引用だ."No one is born hating another person because of the color of his skin or his background or his religion..." pic.twitter.com/InZ58zkoAm— Barack Obama (@BarackObama) 2017年8月13日
もとの英文は次のとおり:
- "No one is born hating another person because of the color of his skin or his background or his religion..." (Tweet)
- "People must learn to hate, and if they can learn to hate, they can be taught to love..." (Tweet)
- "...For love comes more naturally to the human heart than its opposite." - Nelson Mandela (Tweet)
ここでは,発言そのものよりも,法助動詞 must の意味に注目する: "People must learn to hate" の must はどういう意味だろうか?
この箇所を各メディアがどう訳しているか,比べてみよう:
- 「誰も生まれながらに、肌の色や生い立ち、宗教によって他人を憎まない」「人は憎むことを学ばなければならない。憎しみを学べるのなら、愛を教えられる」(産経新聞)(産経新聞)
- 「肌の色や出自、信仰を理由に生まれながらに他人を憎む人はいない」「人は憎むことを学ぶ。憎むことを学べるなら愛することも教われる」(日本経済新聞)
- 「誰も生まれながらに、肌の色や生い立ち、宗教のために他人を憎まない」「人は憎むことを学ばなければならない。憎しみを学べるなら、愛することを教えられる」(時事)
- 「肌の色や出自や信仰の違う他人を、憎むように生まれついた人間などいない。人は憎むことを学ぶのだ。そして、憎むことを学べるのならば、愛することも学べるだろう。」(ハフィントンポスト)
産経と時事は「~しなければならない」と訳していて,日経とハフィントンポストは法助動詞を省いて「学ぶ」と訳したり「学ぶのだ」と「のだ」をつけたりしている.
この場合の must は,ぜひそうすべきという「義務」ではない.憎まずにすめばなによりであって,すぐあとには「愛することも教えうる」(they can be taught to love) と続く.そうではなくて,「生まれながらに誰かを憎むのではない以上,憎しみにいたる筋道は,そうするように学ぶことしかない」という意味,可能なことがそれしかないという意味だ.だからこそ,その直後に "If they can be taught..." と可能の can がきて自然につながるのだとぼくは思う.
そこで,ぼくなら次のように訳す:
- 「生まれたときから肌の色や出自や宗教を理由に憎しみ合う人はいない」「学んではじめて誰かを憎むのだ.憎しみを学べるのなら,愛も教えられよう」
このような「P のみが可能である」からは,当然,「P は可能である」が含意される.
この must に近そうな意味を,Tregidgo (1982: 80) は「避けられない帰結」と呼んでいる:
Here, MUST indicates an inevitable consequence, and is similar in meaning to can't help, e.g. men cannot help but die, you can't help poking your nose into everything, and so on. Many of these come very close to being epistemic, and in fact to negate the event we would have to use not mustn't but can't, e.g. Men can't live for ever.
ここでは,MUST は避けられない帰結を表しており,can't help(~するしかない;~せざるをえない)に意味が近い.e.g. men cannot help but die(人間は死なざるをえない) ,you can't help poking your nose into everything(なんにでも首を突っ込まずにいられない),など.これらの多くは,認識用法〔学習英文法でよく「推量」と呼ばれる「~にちがいない」の用法・意味〕に非常に近く,じじつ,出来事を否定するには mustn't ではなく can't を使わねばならないだろう.e.g. Men can't live for ever(人は永久に生きられない)Tregidgo が「避けられない帰結」の例に数えているのは,次のような文の発話だ(カッコ内は Tregidgo による demand を使ったパラフレーズ):
- All men must die. ('Nature or God demands that this should happen.')
- You must go poking your nose into everything! ('Your character demands that this should happen.') (quoted in Perkins forthcoming).
- Men must work and women must weep. ('Life or the world demands it.')
- For the English historian it must have a peculiar importance. ('the nature of the fact and of English historian demands that it should be so.')
- Any trampling about the field must severely damade the crop. ('The natural laws of cause and effet demand it.')
- If there is a good spark and the right amount of petrol, the engine must start. ('The circumstances demand it.'
- Smith is unmarked on the left - he must score! ('The situation demands it.')
追記
そういえば,かつて使っていた「はてなダイアリ」でこの意味・用法をとりあげたことがあった:
Tregdio (1982) はいくぶん忘れ去られた論文になってしまっているけれど,英語の法助動詞,ひいては様相(モダリティ)全般を考えるうえで有益な観察を教えてくれる.
参照文献
- Tregidgo P.S. (1982). "MUST and MAY: Demand and Permission," Lingua 56, pp.75-92.
ブログ主さま
返信削除初めてコメントをいたします。わたしはろう者でアメリカ手話も学んでおります。
いじめや差別は小さいころから何度も経験してきました。今回のトランプ大統領とオバマ前大統領の発言を書くにあたって、このブログにたどり着きました。http://todaywesonghands.asablo.jp/blog/
義務ではなく、それしかないんだ、という意味でのmust。ブログ主様のご意見に全面的に共感賛成いたします。
末筆になりましたが、ブログ主様のますますのご活躍とブログのご発展をこころからお祈りいたします。
コメントありがとうございます.こんな風にチラシの裏に書き散らしていることでもなにかお役に立つところがあったのであれば,うれしいです.
返信削除