2018年3月31日土曜日

ノア・スミスせんせの日本観察:この15年で変わったことは?

ときおり日本にやってきている経済学者のノア・スミスが,2002年から日本で変わったことについて連続ツイートをしている.

2018年3月29日木曜日

2018年3月22日木曜日

ピンカー Enlightenment Now 抜粋: 格差悪影響論の難点について

スティーブン・ピンカーの Enlightment Now から、ウィルキンソン& ピケット『平等社会』が格差と人々の厚生に因果関係を認めるのは短絡だ、と指摘してる箇所を抜粋:

2018年3月20日火曜日

「信念残響:誤情報訂正の永続的効果」

ニュース解説サイトVox の動画「政治家はどうやってメディアを釣るか」で言及されてる論文:
アブストラクト:
Across three separate experiments, I find that exposure to negative political information continues to shape attitudes even after the information has been effectively discredited. I call these effects “belief echoes.” Results suggest that belief echoes can be created through an automatic or deliberative process. Belief echoes occur even when the misinformation is corrected immediately, the “gold standard” of journalistic fact-checking. The existence of belief echoes raises ethical concerns about journalists’ and fact-checking organizations’ efforts to publicly correct false claims.個別の3件の実験で、悪評を伝える政治的情報に触れると、その情報がのちに誤りだと明らかにされたあとにも人々の態度を形成しつづけることがわかった。こうした効果を本稿では「信念残響」(belief echo) と呼ぶ。研究結果からは、自動的なプロセスでも故意によるプロセスでも信念残響がつくりだされうることが示唆される。事実確認のジャーナリズムの鉄則どおりに誤情報がすぐに訂正された場合にも信念残響は生じる。信念残響が存在することから、虚偽の主張を公に訂正しようとするジャーナリストや事実確認組織の努力に関して、倫理的な懸念が提起される。

対決!二大ゾンビ政策: トランプ政権の重商主義と金本位制

トランプ政権が追及している2つの政策は、反証されてとっくに死んでいるはずなのにまだ世間を徘徊しているゾンビなだけじゃなく、そのゾンビどうしが矛盾していて相食む状況になっている――という文章をクルーグマンが書いている:
以下、ポイントだけ抜き出してメモする。とくに断らないかぎり、クルーグマンの言い分だ。

2018年3月15日木曜日

ピンカー "Enlightenment Now" 動画 (RSA)

今年2月の講演.ピンカーの一人しゃべりは前半25分ほどで,あとは質疑応答.



2018年3月13日火曜日

台所の流しをちょっとだけ使いやすくした

引っ越しの作業が一段落したところで,シンクの排水溝のフタを菊割れゴムからステンレス製のフタにとりかえた.ついでに,ゴミ受けも樹脂製品からステンレス製品に交換.


▲ 取り替え前後

菊割れゴムだと野菜クズなどが中途半端に引っかかるし,排水もときどきとどこおる.すると,シンクがすぐに汚くなってしまう.一方,ステンレス製のフタだと,たいていの野菜クズはここで止まるし,水はまずまずスムーズに流れ落ちてくれる.料理中うっかりにんじんなんかをころころ落としてしまっても,「ズボッ」と下のゴミ受けまで落ちないのもうれしい.

あとは,次の2つを続けておけば,シンクをまずまず清潔に保っておける:
  • フタにたまったクズは,洗い物のたびにゴミ箱に放り込む.
  • フタの下のゴミ受けは週に1回は取り出してクズを捨てて本体を洗う.
調理のさいに出るクズなどはこのステン皿とゴミ受けの2段構えにすべて任せて,三角コーナーは使わない.ここだけ死守すれば,ぬめりの防止や夏場のコバエ対策ができる.

2018年3月12日月曜日

「科学は葬式のたびに進歩する」を研究したワーキングペーパー

「科学は葬式のたびに進歩する」というのは、マックス・プランクの有名な警句だ。人間、どうしても自分がよくなじんで知っているアイディアにしばられがちだ。それに、歳を重ねると、新規なアイディアを受け入れるのに前向きでなくなる。すると、科学分野の重鎮が死去してようやく新世代のアイディアが日の目をみる、ということになりやすい――というお話は直感としてはよくわかる。でも、それってほんとなんだろうか?

全米経済研究所 (NBER) のワーキングペーパーが、まさにその問いを検討している。論文本体を要約したダイジェスト記事はこちら (via Tim Harford) : 
ここで紹介されている研究によると、答えは「イエス」――スター科学者が早死にすると、その人の共同研究者たちによる研究活動は減少する一方で、分野外の研究者たちが新しいアイディアをその分野にもちこんで、それまでの問いに新しい知見をもたらすケースが増加するらしい。

ダイジェスト記事の翻訳を「経済学101」に載せようと思っていて、いま許諾について未確認のため保留中掲載したYO! 

この研究に言及してるティム・ハーフォードのコラムもおもしろいので一読をおすすめしたい: 

2018年3月11日日曜日

objectの多義によるダジャレ論法の候補を想像してみる

一連の論述のなかで、同じ言葉を使いながら断りなくキーワードの意味をずらしていくと、あたかも一貫しているかのように見えるが途中で根拠のない飛躍が生まれてしまう。こういう単語の多義を暗黙に切り替える論述を「ダジャレ論法」と呼ぶことにしよう。

言い間違いと打ち間違いの大きな違い?

Language Log “Slips of the fingers vs. slips of the tongue” から。

タイピングでの打ち間違いと、音声言語の言い間違いにはおもしろいちがいがあるそうな:
(…)言葉の言い間違いでとりわけ際立つ事実の1つは、統語範疇規則にしたがうという点だ。ある単語が誤って別の単語と入れ替わってしまうとき、たいてい、言わんとしていた単語と入れ代わった単語は同じ統語範疇に属しているのだ。名詞は名詞と入れ替わり、動詞は動詞と入れ替わる、という具合に同じ範疇で入れ替わる。
(Gary Dell, “Speaking and Misspeaking,” ch.7 in Introduction to Cognitive Science: Langauge, 1955; Language Log から孫引き)

一方、タイピングでは、統語範疇の異なる言葉に入れ替わる誤りがよく生じるとのこと(直感的にはたしかにそうだなと思うものの、上記のポストではいくつかの具体例以上の根拠は示されていない)。

Language Log のポストでは、Lieberman が「〔あくまで自然言語である〕手話の誤りは音声言語の言い間違いに近いだろう」とコメントしている。



2018年3月8日木曜日

冠詞の対比例: 「iPadは a-コンピュータを置き換えられても the-コンピュータは置き換えられない」

今日の例文採取:
The iPad can replace a computer, just not the computer.
(“I've tried to figure out why Apple thinks an iPad can replace your computer, and I've finally cracked it,” Business Insider, Jun 27, 2017)
だいたいこういう文脈:「職場で支給されている PC を使いつつ、自宅ではとくにPCを使わない人やそもそもそんなに生産的なことをやらない人たちにとっては iPad で事足りるだろうから、そういう人にとっては iPad は PC の代替になるだろうね」――ここでの a computer はそういう限定的な用途での PC で、the computer はもっと生産的な(いくらか高度な)用途での PC という意味だろう。こういうときにも定冠詞と不定冠詞を対比させて使うことがあるんだな、と思って採取。