2021年1月15日金曜日

「機雷なんぞ知ったことか,全速前進」

 今日の『ニューヨークタイムズ』コラムで,クルーグマンがバイデン政権が守るべき4つのルールを書いている.ルールだけを抜粋すると――

  • ルール #1: 政府が国民の助けになれる力を疑うな.(Don’t doubt the power of government to help.)
  • ルール #2: 債務懸念にとらわれるな.(Don’t obsess about debt.)
  • ルール #3: インフレを心配するな.(Don’t worry about inflation.)
  • ルール #4: 共和党が統治に協力してくれるなんて当てにするな.(Don’t count on Republicans to help govern.)
そして,以上をまとめてこんな引用句を引いている: 
"damn the torpedoes, full speed ahead."(「機雷なんぞ知ったことか,全速前進」)
これは,南北戦争のモービル湾海戦で北軍のファラガット少将が言ったと伝えられている言葉.いまの英語で "torpedoes" といえば魚雷のことだけれど,当時は機雷をこう呼んでいたそうな.

2021年1月13日水曜日

次の英語例文を「関係性」を使わずに日本語に訳しなさい

"I'm not sure of the exact relationship between them—I think they're cousins." (Oxford Learner's Dictionary)

ダメな訳例:

「彼らの正確な関係性がよくわからない――彼らはいとこだと思う」

マシな訳例:

「彼らが具体的にどんな関係なのかよくわからない――いとこどうしじゃないかな」

辞書にあるように,名詞 relationship はたんに「人間関係」「関係」,またはその関係のあり方を意味する.上記の例文は,「彼ら」の関係のあり方が正確にどういうものかよくわからない,と言っているわけだ.

英語を脇に置いても,日本語で「関係性」となぜか「性」をつけてぼんやりさせる例をよく見聞きするけれど,そういう場合には「関係のあり方」を言っているんだろうと思う.できれば,最初から「関係のあり方」と言ってくれた方がありがたい.

2021年1月9日土曜日

古い訳文をサルベージ:アルヴァ・ノエ「ジェンダーは死んだ! ジェンダーよ永遠なれ!」(2011年)

 Alva Noë, "Gender Is Dead! Long Live Gender!" NPR, June 24, 2011.

バークレーの哲学教授が NPR に書いた文章を,むかし訳してたなぁと思って掘り出してきた.この文章は,たとえば「女性とはこういうもの」「男性とはこういうもの」という概念カテゴリーが,プライミング(呼び水効果)をとおして当人の行動に影響するという点を強調している.

以下,訳文.

2021年1月8日金曜日

2000ドル給付「と」失業給付延長

クルーグマンの連続ツイートをメモっておく.

話の起点は,Jeff Stein のツイート:

Already hearing from numerous Democrats who want -- at a minimum -- to add additional weeks to federal unemployment benefits so they don't expire in March, as they would under current law [元ツイート]

すでに多くの民主党議員からこんな声を聞いてる.現行法のもとで失業手当が3月に終わらないように――最低限として――数週間延長しなくてはいけない.

このツイートへの引用RTコメント:

This demonstrates how many observers misunderstood the $2000 check gambit. It wasn't great policy, per se — a given amount of money would be better spent on extending unemployment benefits. But that wasn't the choice! 1/ [元ツイート]

これを見ると,どれほど多くの観測筋が2000ドル給付を誤解しているかわかる.それ自体ではすごくいい政策ってわけじゃない――所与の金額は失業給付延長に使った方がいいだろう.でも,それは選択肢じゃないんだよ! 1/

There wasn't a fixed pot of money to be spent. There was a political constraint. And Dems campaigning on the $2000 check have helped loosen that constraint, probably making extended UI possible 2/ [元ツイート]

支出すべき一定額が決まっていたわけじゃないんだ.あったのは,政治的な制約だ.民主党が2000ドル給付でキャンペーンをはったことで,その制約がゆるんで,おそらくは失業給付延長が可能になったんだ.

So broad-based stimulus and targeted aid to the unemployed weren't substitutes, but complements. And there's a broader lesson here: Dems should go big and package their priorities with popular stuff even if the policies aren't ideal 3/ [元ツイート]

だから,〔一律給付のような,国民の〕広い範囲にわたる刺激策と,失業者を対象とした支援策は,排他的なものじゃなくて,補完的なんだ.ここには,もっと広く当てはまる教訓がある:民主党は,大きく出て,かりに理想的な政策じゃなくても人気の高いネタと自分たちが優先しているいろんな案をまとめたパッケージにするべきだ.3/


関連:「2000ドル給付」 

2021年1月6日水曜日

心理学での「相対的不足」

 アメリカ心理学会 (APA) の心理学辞典では,「相対的不足」(relative deprivation) をこう解説している

相対的不足とは,なんらかの望ましいリソース(たとえばお金や社会的地位)について,自分がもっている量がなんらかの比較対象よりも少ないという個人の知覚をいう.その比較対象は,当人が自分と似ていると考える他人が余裕している量である場合もあるし,期待される量である場合もある.この概念は,第二次世界大戦中のアメリカ陸軍における戦意の研究の結果として導入された.その研究を実施したのはアメリカの社会学者 Samuel A. Stouffer (1900-1960) と同僚たちで,彼らの研究により次のことが示された――兵士たちは,自分の同輩たちと同程度の報奨や利益を得られなかったと思ったときに不満を覚える.1966年にイギリス人社会学者 Walter Garrison Runciman (1934- ) は,自己本位の相対的不足 (egoistic relative deprivation) と,仲間集団の相対的不足 (fraternistic relative deprivation) とを区別した.自己本位の相対的不足とは,自分自身の現在の地位と比較対象とに認識された隔たりをいう.他方,仲間集団の相対的付則とは,その人の内集団が実際に有している地位と,その内集団が有すべきとその人が考える地位とに認識された隔たりをいう.ある研究によれば,相対的不足が高水準にある地域で社会不安はもっとも大きくなる傾向にあるという.右もあわせて参照:公平理論 (equity theory); 社会的比較理論 (social comparison theory); 社会的交換理論 (social exchange theory) 

the perception by an individual that the amount of a desired resource (e.g., money, social status) he or she has is less than some comparison standard. This standard can be the amount that was expected or the amount possessed by others with whom the person compares himself or herself. The concept was introduced as a result of studies of morale in the U.S. Army during World War II; conducted by U.S. sociologist Samuel A. Stouffer (1900–1960) and colleagues, the studies indicated that soldiers were dissatisfied if they believed they were not obtaining as many military rewards and benefits as their peers. In 1966, British sociologist Walter Garrison Runciman (1934–  ) distinguished between egoistic relative deprivation, the perceived discrepancy between an individual’s own current position and the comparison standard, and fraternalistic relative deprivation, the perceived discrepancy between the position that the person’s ingroup actually has and the position the person thinks it ought to have. According to some research, social unrest tends to be greatest in areas with high levels of relative deprivation. See also equity theory; social comparison theory; social exchange theory.


一般的に,名詞 "deprivation" は,なにかが不足・欠落している状態を表す場合と,その不足・欠落が生じるプロセスを表す場合がある(「剥奪」).心理学用語での「相対的不足」は,上記のようにもっぱら「不足」を表している.その不足を引き起こしたのが特定の人物や集団だとある人が思っている場合には,当人から見てその人・集団に「奪われている」という認識になるかもしれないけれど,それはそれで追加で記述すればよく,「相対的不足」の定義に含める必要はないだろう.

2021年1月4日月曜日

「信念・予測をどんどんモヤっとした用語で再定義させていったあげく,ついには証拠を必要としない信条の問題になった」

 プラックローズ & リンゼイ『シニカル理論』の第6章から(kindle版):

ポストモダンに流れる前,マルクス主義理論・社会主義理論・急進的フェミニスト理論は,こう考えていた――権力とは,家父長制的で資本主義的な社会で力ある男性たちがとる意図的なトップダウンの戦略だ.ところが,第二波フェミニズムの進展により,こうした権力の考え方は,いくぶん冗長になった.家父長制的な考えをもった横柄な男性たちは相変わらず存在していたものの,「西洋社会はまぎれもない家父長制社会だ」という考えや,「大抵の男性は女性が成功しないように共謀している」という考えは,ますます維持しにくくなっていた.「男性支配が存在する」「男性支配は自分に都合がいいように女性を犠牲にしている」―――そうした信念と予測を変わらず維持する機会を,ポストモダン理論がもたらした.その信念・予測をどんどんモヤっとした用語で再定義させていったあげく,ついには証拠を必要としない信条の問題になった:社会的構築,言説,社会化.みんなの何気ない言語使用をとおしていたるところでみんなにたえまなく作用している権力ダイナミクスの格子というフーコー式の考えは,この要求仕様にぴったりはまった.

Postmodern Theory offered an opportunity to retain the same beliefs and predictions -- male domination exists and serves itself at the expense of women -- while redefining them in terms diffuse enough to be a matter of faith, requiring no evidence: social constructions, discourses, and socialization. The Foucauldian idea of a diffuse grid of power dynamics that constantly operates through everyone through their unwitting uses of language fit the bill perfectly. [*25] 


脚註 [25]:

この新しいフェミニスト思想の路線でこれによく当てはまる例が,賞を受け影響力ある著作『ひれふせ,女たち』だ.著者はコーネル大学哲学教授ケイト・マンで,その主張によれば,ミソジニーは社会の体系的特徴だと理解するのがいちばんよいのだという.実際のミソジニスト(女性を憎む人々)がまれにしか存在しないかまったく存在しないとしても,その体系的特徴により女性の劣位が社会的に強制されているのだとマンは言う.
A fitting example of this new line of feminist thought is the award-winning and influential book Down Girl: The Logic of Misogyny, by Cornell philosophy professor Kate Manne, who argues that misogyny is best understood as a systemic feature of society, by which women's inferiority is enforced socially, even if actual misogynists are rare or nonexistent. See Kate Manne, Down Girl: The Logic of Misogyny (New York: Oxford University Press, 2018). 

「○○を軽視している」という言い分と引用の話:ケイト・マンの事例

ずいぶん前に書いた文章のおまけ.