2018年3月29日木曜日

いかにもチラ裏らしい文章だぞ

知的意義にとぼしい上にちょっと長くなるのでチラシの裏に書くね.

内閣府アカウントによるツイートに,とある批判がなされている.まずは,内閣府ツイートをごらんいただこう:
そして,これに対する批判ツイートはこういうものだ:

この「ぴいすぬ」さんの言う,「セックスではなくレイプだ」という部分の批判は成り立つだろうか.とても成り立ちにくいとぼくは思う.内閣府ツイートやホームページの「気が付いたらセックスの最中だった!」の「セックス」と,上記の批判「セックスではなくレイプだ」の「セックス」は意味がちがう,というのがいちばんの理由だ.

次の例文を考えてみよう:
  • (1) 「それはセックスではなくレイプだ」
  • (2) 「レイプとは合意によらない強制的なセックスである」
例文 (1) では,「セックス」は「レイプ」と両立しない意味に解釈される一方で,例文 (2) では,「セックス」は「レイプ」を含むもっと一般的な意味に解釈される.もしも (1) の「セックス」が性行為全般を指す広い意味に解釈されていたら,「セックスではなくレイプだ」という部分が矛盾してしまうだろう.たとえば次の例文に似た矛盾が生じるはずだ:
  • (3) 「それは動物ではなく犬だ」(犬は動物の一種なので,動物ではない犬はいない;ただ,aibo のような犬型ペットロボットも「犬」にカウントすると話はややこしくなるね,うn)
こうした矛盾が (1) に感じられないとすれば,そのとき,「セックス」は合意や強制の有無に中立的な性行為全般の意味からもっと限定されて解釈されていることになる:双方の合意による強制されない性行為,ぐらいの意味だろう.

一方で,例文 (2) の「セックス」はまさにその一般的な意味で解釈されるほかない.もしも (2) の「セックス」を (1) と同じく限定された意味で解釈したなら,それは次のようにパラフレーズできる:
  • (4) 「レイプとは合意によらない強制的な [双方の合意による強制されない性行為] である」
見てのとおり,完全に矛盾してしまう.

以上のとおり,(1) と (2) では「セックス」の意味解釈は異なっている:「セックス」という言葉は,文脈にあわせて少なくともこの2とおりの意味を許容できる.これはべつに特殊なことではなく,同じ言葉でも文脈にあわせて意味が微調整されるケースは散見される(たとえば,A.クルーズ『言語における意味』第5章でそうした意味の可変性を示す具体例があれこれと検討・解説されている.)

さて,もともとの事例に話をもどそう.冒頭で引用した批判ツイートがいう「セックスではなくレイプだ」の「セックス」は,性行為全般の意味ではありえない:「レイプ」と両立しない意味(e.g. 双方の合意による強制されない性行為)に限定される必要がある.これは例文 (1) で見たとおりだ.

一方,内閣府の「飲み物を飲んだら急に眠くなって、気が付いたらセックスの最中だった!」の「セックス」はそうした意味に解釈するとおかしくなる.ためしに,長ったらしくパラフレーズしてみよう:
  • (5) 「飲み物を飲んだら急に眠くなって、気が付いたら [双方の合意による強制されない性行為] の最中だった!」
こんなあからさまに文章の前後がくいちがう意味を意図していると想定するよりも,合意・強制の有無に中立的な意味なのだと想定する方が理にかなっている.さらに,飲み物を飲んだら眠くなって知らない間に性行為させられていたという事例を指して,内閣府ツイートは「このような薬物やアルコールなどを使用した性犯罪・性暴力」と言っているのだから,これを「レイプ」に該当しない事例だと見なしているはずもない.

このように,相手が意図しているはずもない意味を想定しないと「セックスではなくレイプだ」という批判は成り立たない.

それでも,こういう言い分はあるかもしれない:「しかしこの事例は明らかにレイプなのだから,『セックス』よりも限定して『レイプ』という言葉を使う方がのぞましいのではないか.」

この言い分も,一理はある:犬を指して『動物』と呼ぶのが間違いではないにせよ一般的すぎるのと同じように,レイプなら『レイプ』とはっきり言った方がよい,という場合もあるだろう.だが,この場合はどうだろうか.

内閣府の伝えようとしていることは,こういうことだ:そうと知らず眠らされていた間にのぞまないセックスをされていたなら,それは性犯罪・性暴力ですよ.このメッセージが新しい情報になるのはどういう人だろう?

眠らされた間に性行為されるのがレイプあるいは性犯罪・性暴力だととっくにわかっている人にとっては,このメッセージはなにも新しいことを伝えない.一方で,これが性犯罪・性暴力かどうか自信をもてない人にとっては,新しい情報を伝える.今回のメッセージが届くべき人たちは,この後者の人たちだ.たとえば「殴ったり蹴ったり怒鳴りつけたりといった行為があるのがレイプなんだ」と思っているような人たちに,こうした事例も立派な犯罪なんだと周知することに意義がある.(ほぼ同様の指摘が先にこちらでもなされている)

もっと単純に言うと,「そのレイプはレイプです」という同語反復ではなく「そのセックスはレイプです」と伝えるから啓発になるわけだ.その点で,「セックス」ではなく「レイプ」という言葉をこの事例では使うべき,という批判も成り立たない.

また,批判ツイートでは,「文章からレイプを軽んじる態度が読み取れる」とも言っているけれど,以上を踏まえると内閣府の文章にそうした態度を読み取る根拠は見当たらない.

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