ポール・クルーグマンが長年にわたってつとめていた『ニューヨークタイムズ』 コラムニストを辞めた後,ノア・スミスと Substack でおしゃべりをしていた.そのなかで出た話によれば,『ニューヨークタイムズ』はノア・スミスにコラムニストを担当しないかと打診していたそうだ.また,クルーグマンによれば,近年になって NYT コラムには3段階の編集が加わるようになり,かつてほどのびのびやれなくなっていたらしい.
以下,そのあたりのやりとりをざっくりと訳す:
ノア・スミス:『ニューヨークタイムズ』のコラムニストを辞めたんですよね.実は,NYT の誰かがぼくに電話をくれて…メッセージを書いて送ってきたんだったかな,「うちの論説コラムニストやりませんか」と言ってくれたんですが,断ったんですよ.
ポール・クルーグマン:面白いね.「タイムズはノア・スミスに依頼したんじゃないの」と言う人たちもいたんだけど,「いや,きっとノアは断るよ」と言ってたんだよ.
ノア・スミス:断った理由はふたつあって.ひとつは,社内のゴタゴタに関わりたくなかったんですよ.社内 Slack での争いだの,スタッフの反乱だの,そういう話をよく小耳に挟んでいたんで.
ポール・クルーグマン:それはぼくには無縁だったな.その手のことにはまるっきり無関係だったね.で,もうひとつの理由は? ぼくが辞めた動機について語ってもいいけど.
ノア・スミス:実は,理由はあと二つあるんですよ.ひとつは,編集者ぬきで書いた方がずっといい文章ができあがると気づいたってこと.あらゆる作家に当てはまるわけじゃないとは思いますけど.とくにジャーナリスト,本物の記者なら,編集者が必要かもですね.事実に関して正確さがとにかく大事なので.文章の書き方を身につける助けになったりもしますけど,ぼくは独自の文体をもうつくってるので.ところが編集者を間に挟むと,それがなくなっちゃって,まるで他人が語ってるように聞こえてしまうんですよ.
ポール・クルーグマン:なるほどね.昔の NYT コラムニストの仕事だったら,キミも気に入ったかもしれないね.もう何十年も前だけど,ぼくが NYT のコラムを書きはじめた頃は,とても楽しく執筆してたね.編集はとても軽かった.コラムの制限は厳しくて,約800語,というか空白も含めて 5,080字しか使えないんだ.その中で言いたいことを言わなくちゃいけない.しかも,予備知識のない読者を想定しなくちゃいけない.
でも,その制限内でうまく書く職人技には面白みがあったね.当時は,校閲者だけがいて,他はなんにもなかった.たまに校閲者が「この事実は説明不十分ですね」とか「ここの言い回しがぎこちないですよ」なんて指摘してくれるだけで.
つまり,完全に建設的なかたちでしか編集が加えられてなかったわけ.それに,当時はブログもあって("The Conscience of a Liberal"),そっちではもっと専門的な内容も書けたし,『ニューヨークタイムズ』の品位に合わせる必要なしであれこれ書けた.いい環境だったね.
ちょっと大変だったけど,その職人技を楽しんでやったんだ.でも,しだいにコラムニストの仕事環境が変わってきてね.いま,『ニューヨークタイムズ』には3段階の編集プロセスがあるんだ.校閲者に渡る前に,もっと大幅な編集を加える担当者が間に入る.
以前は,校閲者に冗談でグチられてたんだよ,「こっちがやることないじゃないですか(笑)」って.ぼくの原稿は分量も厳守してたし,事実はみんな確認をとってたから.ところが,いまはずっとたくさんの編集が加えられる.この編集段階が終わったら,次のこの編集段階を踏んで…って調子で.去年はとりわけ干渉が激しくなった.
コラム執筆が,すごく不快な経験になっちゃって.NYT は2015年にブログを廃止したものだから,さっき言ったようなことを書く場がなくなっちゃったから,Substack のアカウントをつくったんだよ.そしたら,NYT が「それはダメです」って言ってきて.
「もっと長い尺で考えを書き記したいし,たまにグラフを入れたりしたいんだよ」と伝えたら,NYT でニュースレターを出すことになった.ブログよりも制約が厳しかったけれど,まあなんとかかんとかそれでやってたわけ.そしたら,去年の9月に「クルーグマンさん,書きすぎです」」って言われて.ニュースレターは廃止になっちゃった.きっと,ぼくが去年やってたような仕事はキミも嫌がるんじゃないかな.ぼくはイヤになっちゃって.彼らのやり方は『ニューヨークタイムズ』の目的には合ってたのかもしれないけど,ぼくにとっては耐えがたかった.
ノア・スミス:そうですね.いや,実はぼくがブルームバーグをやめた理由はいくつかあるんですが,その一つはいまのお話と似てます.古い幹部連中がいなくなって,新しい人たちがやってきて,編集段階が増えたんです.原稿を書いたら編集を食らってまた直してって作業がほんとにめんどくさかったですね.コラムが切り刻まれて,平凡でつまんなくされて.おまけに,世に出るまでの時間がかかるようになりました.世に送り出すまでに何層もの承認を経なくちゃいけなくて,やっと出たと思ったら,もう世間では別のネタに関心が移っちゃってたりして.〔いまの Substack では〕LA の山火事について書こうと思ったら,ニュースになったとたんにパッと書いて「公開」を押すだけです.それがいまのスタイルですね.ところが,ブルームバーグだと,そこまでに4日かかっちゃう.それだと公開されたときにはみんな別のことに関心を移しちゃってるじゃないですか.当時は,記事の意義が大幅に減ってしまったと感じましたね.
ちなみに,Substack では動画の「切り抜き」を手軽につくって共有・ダウンロードできる:
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