2016年11月15日火曜日

ミラー先生の『消費』のサンプル訳をつくってみよう (15)

つづき:
最後に,マズローの階層では,適応的な好みや情動や動機や望みの大半が見過ごされている.一方,進化心理学は,これらが人間本性に備わっていることを実証してきた.マズローの階層では,愛のいろんなかたちをみんないっしょくたに扱っている――「愛」と一口に言っても,子に対する親の気遣いもあれば,親族に対して家族がみせる気遣いもあるし,同性の友人に対する対人的な愛着もあるし,配偶者に対する恋愛の愛着もあるし,じぶんの部族に対する文化的な愛着もある.また,よろこび・罪責感・恥・ばつの悪さ・道徳的な憤り・赦しは集団内で協力関係を維持するうえでそれぞれちがった機能をもっているのに,マズローの階層はこれを無視している. 
人間のいろんな動機は多岐にわたる.マズローの研究は,これを分類する初期の一歩として役には立ったけれど,ついに一度もダーウィンのいろんな洞察と統合されることなく,いまではすっかり時代遅れになっている.マーケティングや消費者行動の教科書でいまだに人気を博しているのは理解に苦しむ.なにしろ,マーケティングを生業にしている本職は,消費者行動についてふだん考えるときにとくにマズローの考えを利用しないのだから,なおされ不可解だ.もしかすると,これに取って代わる考えがまだ登場していないだけなのかもしれない.近年,人間性の理解がいっそう広く深い範囲にすすみ,もっと精妙になってきたのだから,ますます多様になる製品やマーケティング問題や消費者行動パターンを理解できるようになっていておかしくなかったはずだ.どうして,そうなっていないんだろう? 

【進化論的な消費者心理学がいまはじまろうとしている理由】

Why Evolutionary Consumer Psychology Is Just Getting Started Now

この20年で,進化心理学は人間の動機や情動や好みや対人関係,さらには美的趣味についてすらも,新たな洞察をもたらしてきた.北米・ヨーロッパ・アジア各地域の大学で開講されている何百という進化心理学講義で,大学生たちがこの新しい科学を学んでいる.世間の人たちも進化心理学になじんできている.リチャード・ドーキンス,スティーブン・ピンカー,デイヴィッド・バス,マット・リドレー,E.O.ウィルソンらによるすばらしい一般書もあるし,アメリカでは PBS やディスカバリーチャンネルが,イギリスでは BBC や チャンネル4 が,それぞれTVドキュメンタリーをつくって視聴者をとりこにしている. 
それと同時期に,進化の原理は多くの伝統的な分野にも革新をもたらしている.何百という論文,何十冊もの書籍が,ダーウィン的医療,ダーウィン的精神医療,法の進化論的分析,進化論的経済学,ダーウィン的政治学,ダーウィン的美学,ダーウィン的道徳理論を論じている.進化の原理を知れば人間本性の首尾一貫した理解につながるわけで,こうした分野が人気を集めているのも意外ではない.人間本性はあらゆる社会科学・人文学の基礎をなすからだ.だが,実業界は異様なまでにいまなおこの流れから外れている.マーケティング・広告・消費者調査・製品開発は,どれもひとしく,人間本性の正確な理解が鍵を握っている.それなのに,いまのところ進化論の洞察はこうした領域にほとんど影響をおよぼしていない.

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