2017年5月20日土曜日

「ピケティ以後」イベント(動画)

2017年5月11日にニューヨーク市立大学で新著『ピケティ以後』(After Piketty) にからめて催されたイベントの動画が上がっている:




ブラッド・デロングのコメント:




2017年4月24日月曜日

神話の反駁はかえって神話を強めてしまうことがある

なぜなら,神話・間違った情報を訂正するときにその神話や誤情報に繰り返し言及することで,読み手の記憶に神話・誤情報の方が強く残ることにつながりうるからだ.――では,どうすればいいか:


(via "More or Less," BBC Radio)



2017年4月21日金曜日

授業ノートはどのようにとってもらうのがいいんだろう

――というのを試行錯誤してる.ぼくがなんとなくツイートしたやつを某先生がまとめていた:
ノートのとり方・とらせ方を考え直すうえで,たいへん参考になったのは下記の本:
  • P.ブラウン,H.ローディガー,& M.マクダニエル『使える脳の鍛え方: 成功する学習の科学』(依田巧巳=訳,NTT出版,2016年)[Amazon]



2017年4月10日月曜日

例文採集: might have done a good thing「いいことをしたことになってしまう」

ポール・クルーグマンのツイートから引用:
「医療保険制度の「死のスパイラル」はぜったいなくちゃだめだ! そうじゃなきゃ,オバマが本当はいいことをしたことになってしまう!」――共和党の立場ではきっとこう言いたいところだろう,というツイートだ.

ここで使われている仮定法過去完了の might have done は,「~だったかもしれない」という推量(認識的可能性)の用法とは言い切れないように思える.

2017年3月22日水曜日

weblog: ポッドキャスト: 芸術の進化心理学

哲学ポッドキャストの Philosophy Bite に,芸術の哲学をやってる Stephen Davies せんせいが登場して,芸術への進化論的アプローチをもろもろ紹介している:



2017年3月19日日曜日

weblog: 「予算案の仮面をかぶった政治キャンペーン」

――と,トランプ政権から発表された予算案概要を Stan Collender という財政の専門家が評しているそうだ.紹介しているのは,例によってクルーグマンのコラム:
今週,トランプ政権は予算案概要を出した――もっと正確に言えば,「予算案」概要だ.本物の予算案なら,お金がどこから入ってきてどこに出て行くか詳しく述べるものだ.今回の発表で取り上げているのは,連邦政府の歳出の3分1ていどでしかないし,歳入や赤字の予測についてはなんにも言っていない.

財政の専門家 Stan Collender が言うように,「これは予算案ではない.トランプの政治キャンペーン広報資料が政府文書の仮面をかぶっているだけだ」

今回のコラムの要点は,タイトルのとおり:「保守派の幻想が現実と衝突する」――大きな政府には無駄だらけなんですけお! おれたちがやればもっともっと無駄をなくせるんですけおおおお! …やっぱりだめだったよ,みたいな.
  • 右派は「政府の支出なんてどうせ無駄だらけ,タフなリーダーならそんなものは根絶できる」という考えを広めてきた.
  • オバマケアを撤廃して「もっとはるかに金がかからずはるかにすぐれた」とトランプは約束したけれど,フタを開けてみれば,代替案では2500万人から医療保険をとりあげる結果になると予測されている.
  • もっと一般的に,連邦政府の支出全体を見れば,防衛費を除くと,大きな割合を占めているのは社会保障給付・メディケア・メディケイド,つまりは何千万人ものアメリカ人にとってきわめて重要な項目だ――皮肉にも,トランプ支持の中核層となってきた人たちも,そこに含まれる.
  • じゃあ,なんで多くの人が「大きな政府」に反対しているんだろう? 
  • まず,世間の人たちは政府支出について,実態から乖離した理解をしている.たとえば海外援助は実際には1パーセント程度のわずかな割合なのに,多くの人はずっと大きな割合だと思っている.社会保障給付やメディケアの受給者のなかには,じぶんがそうした給付を受けていると自覚していない人がたくさんいる.
  • (保守系メディアの力もあって)世間で政府支出の実態がゆがんで理解されていることで,それにつけいる余地が政治家にうまれる:大幅に無駄な支出を削減してみせると請け負って見せるのだ.一方,有権者はそうした削減がじぶんの生活にどう響いてくるのかよくわかっていなかったりする.
  • そう言っていた政治家たちが実際に政権を担当すると,先日のオバマケア代替案みたいな事態になる.

▼ 参照:










2017年3月16日木曜日

お買い物:エルゴノミクスなキーボード

ここしばらく右手首にちょっと痛みを覚えたのをきっかけに,キーボードを新しくした.

キーボード単品ではなくて,独立したテンキーとマウスとのセットだ.どれも無線式で,USB端子に共通のレシーバーを1つ挿して使用する.

weblog: シュワーツ「科学研究における愚かさの重要性」

▼ マーティン・A・シュワーツ「科学研究における愚かさの重要性」
前半はこんな感じ:

2017年3月14日火曜日

weblog: クルーグマン NYT コラム

健康保険制度ネタのコラムとは別に,通常営業の NYT コラムも掲載されている.タイトルは「事実は人民の敵なり」:
冒頭はこんな感じ:
2期目のオバマ政権下で,雇用は103万増えた.ひと月あたり21万4千件だ.これにより,失業率は5パーセントを下回った.いくつもの指標が,アメリカ経済が完全雇用にかなり近づいていることを示していた.ところが,トランプはこれを「インチキ」と呼んで,アメリカ人は本当は大量失業に苦しんでいるのだと主張していた.

さて,トランプ政権になって最初の雇用レポートが出た.今回の23万5千件の雇用増加という数字は,これまでの傾向の継続のように見える.そして,政権はこの手柄は自分たちのものだと主張した:トランプ政権の報道官はこう発言した――雇用の数字は「いままではインチキだったかもしれないが,いまは非常に現実だ」

居合わせた記者たちは笑った――そうしたことを,彼らは恥じるべきだ.これは冗談どころじゃない.いまやアメリカは,客観的事実があるということを根本から拒絶している党と大統領に統治されている.その一方で,じぶんたちが現実だというものを現実だとみんなが受け入れるのをのぞんでいる.

weblog: オバマケア0.5 続き

連邦議会予算事務局 (Congressional Budget Office; CBO) から,「オバマケア0.5」こと共和党による健康保険制度の新法案の及ぼす効果・影響の推定に関する報告書がでた:

サマリーに目をとおしてみると,「連邦予算への影響」では2017年から2016年の期間に3370億ドルの赤字が削減される一方で,「健康保険加入数への影響」では2018年に健康保険加入者が1400万人減し,さらに2018年から2026年の期間に健康保険未加入者は2100万人増えると予想されている.

米国時間で13日に出たこの報告書を受けて,すぐさま(例によって)クルーグマンが NYT コラム「トランプケア vs. オバマケア:予告済みの黙示録」で取り上げている:





2017年3月11日土曜日

weblog: 大学はシグナリングのためか

心理学ネタを扱っている動画チャンネル "Bite Size Psych" から:


動画の解説は,大卒の方が高卒よりも統計的に所得が高く失業率は低くなりがちな傾向について,それが技能ではなく大卒資格が知性・勤勉さなどの特徴を保証するシグナリングとなっていることに理由があるという立場をとっている.その立場への賛否によらず,動画はよくできているのでこの話題に関心があれば楽しんで見られるだろう.

2017年3月10日金曜日

再掲:ファーストオーダーの哲学,セカンドオーダーの哲学

同じくサール先生のインタビュー本からもういっこ.こちらは,「ファーストオーダー」の哲学と「哲学者が語ったことについての哲学」(いわばセカンドオーダーの哲学)についてサールせんせいが述べてるところ:

再掲:フランス哲学の「10%意味不明」ルール

ジョン・サール先生のインタビュー本 (2001) から,お気に入りの箇所をサルベージ:
他方で,ミシェル・フーコーならよく知ってる.バークレーで同僚だったからね.あるとき,妻とぼくとで彼とランチで同席したことがあってね.彼に言ったんだ,"Michel, pourquoi tu écris si mal?"――「ミシェル,なんでこんな悪文を書くの?会話じゃあきみだってぼくみたいにはっきりものを言ってるじゃないか.なんでこんなに不明瞭な書き方をするの?」って.そしたら彼が,「ぼくがきみみたいにはっきり書くとね,フランスの書評家連中に子どもっぽいって思われるんだよ.infantil って言われてしまうよ.」 彼が言うには,「フランスじゃあね,少なくとも10%は意味不明じゃなきゃいけないんだ」――"Au moins dix pour cent incompréhensible" だって.「そうしないと,かんたんすぎるって思われてしまうんだ,子どもっぽすぎるって.真面目に読んでもらえなくなるよ.深みがないって連中は考えるんだ.」 
ぼくはもう面食らってしまってね.「ひょっとしてミシェルはぼくのことをからかってるか,冗談でもとばしてるのかな」と思ったりしたよ.それで,コレージュ・ド・フランスで講義をしてたとき,ピエール・ブルデューにこの一件を話してみたんだ.ピエールがそのときの招待主でね.それで,彼に,ミシェルは真面目に言ったのかなって聞いたら,ピエールがえらく興奮して,「まったくもってそのとおりだよ.それどころか,10%以上だね.10%をずっと上回るよ.意味不明なことをいれなきゃ,フランスじゃあまともにとりあってもらえないんだ.」 そうしてみると,これはフランスとアングロサクソン諸国のちがいなんだね.ぼくなんかは,なんでもすごくはっきりさせようと一生懸命やってるものね. 
フランスには,流派のちがう知的グループがすごくたくさんあって,アメリカでいちばん有名なのが最良のグループってことはないんだ.たぶん,最良のグループは分析哲学をやってるひとたちだろうね.最近まで,彼らは CREA ってところで分析哲学をやってた.「応用認識論研究所」(Centre de Recherche en Epistémologie Appliquée) ってところ.すぐれた哲学者が大勢いるよ,フランソワ・レカナティとか,ダン・スペルベルとか.他に,パリにもいい哲学者がいるね.たとえばジャック・ブーブレスなんかがそう.

  • John Searle & Gustavo Faigenbaum, Conversations with John Searle (English Edition). LibrosEnRed, 2001/2005. [Amazon]

2017年3月9日木曜日

weblog: 北京のバスに「韓国人と日本人と犬は乗車お断り」の掲示

下記のような掲示が北京のバスに貼られているのが WeChat で回覧されていると Language Log のポストで紹介されている:

weblog: オバマケア 0.5

アメリカ共和党が提案した医療保険制度(オバマケア)の代替案に対して,いくつかメディア・識者の分析がでている.

2017年3月8日水曜日

weblog: メールチェック・ツイッター・インスタグラムがやめられないとまらない:中毒の研究



元ネタというか参照してるのは下記の本:


著者はニューヨーク大学 (NYU) の心理学・マーケティングのせんせいだそうな.

かざりだけの言語相対論

『シノドス』に,「現代思想・政治思想史」研究者の重田園江という人のインタビューが掲載されている.
記事のタイトルにもあるように,インタビューのなかで,次のような発言がでてくる
人間の思考は言葉でできていますよね。そのため、言葉遣いが変わると思考も変わるわけです。
語彙(ボキャブラリー)が変わると人間の思考が変わるというと,いかにも言語によって思考が変わる/影響されるという言語相対論あるいはサピア=ウォーフ説の一種のように聞こえる.おそらく,重田氏じしんもそのつもりで発言しているのだろう.

少なくともぼくにとって,2017年の時点で,重田氏がこうしてなんら限定もつけずに(そして関連研究をとりたてて考慮することもなく)気楽に言語相対論を言えることに,いくらかの驚きを感じる.

でも,ここで言語相対論の正否を論じるにはおよばない.おそらく重田氏が言わんとしている眼目にとって,こうした言語相対論はべつに必要ではないからだ.さきほどの引用に続いて,こう彼女は言っている:
その言葉使いがどう変化したのかを調べることで、人間の思考の変化を分析するというのが、今の思想史の研究です。
言語によって思考が変わるという影響があってもなくても,言葉づかいの変化を追いかけることで「人間の思考の変化」はいくらかわかる.雨がなかなか降らないときに「雨乞い」を語る時代と「梅雨前線」を語る時代は,きっと雨と不作に関する考え方がちがうだろう.重田氏がインタビューで言及している犯罪者の取り扱いに関する考え方の変化や,「経済のボキャブラリーがあらゆるところに浸透している」という所見についても同様だ.こうした考えの違いや変化が言語のちがいや変化に起因していなくても,言葉や絵画などのかたちで残る資料から,おおよその考え方はうかがいしれるだろう.どういう切り口で,どういう世界観で物事について語っているか,その資料の検討をつうじて,さまざまな時代・文化の人々の考え方はうかがいしれるだろう.ごく当たり前のことだ.言語相対論の正否は,こうした論点にはなんら関係がない.

必要ではないはずの言語相対論がなぜか彼女の方法論にとって重要であるかのように言及されていることこそがなによりもおかしいのだと,ぼくは思う.

2017年3月7日火曜日

weblog:「ブライトバートがみちびく右派メディアのエコシステムがもっと幅広いメディアの使命を変えた」



▼ 一部抜粋:
Our analysis challenges a simple narrative that the internet as a technology is what fragments public discourse and polarizes opinions, by allowing us to inhabit filter bubbles or just read “the daily me.” If technology were the most important driver towards a “post-truth” world, we would expect to see symmetric patterns on the left and the right. Instead, different internal political dynamics in the right and the left led to different patterns in the reception and use of the technology by each wing. While Facebook and Twitter certainly enabled right-wing media to circumvent the gatekeeping power of traditional media, the pattern was not symmetric.

「テクノロジーとしてのインターネットこそ,フィルターに守られた繭につつまれ〔個人の好みにあわせて編集された〕「日刊じぶん」(the daily me) だけを読んで暮らすことを可能にすることで公共の言説を断片化し意見を両極端にわけている」という単純な筋書きに,我々の分析は異議を唱える.もしも,テクノロジーこそが「事実無用」(post-truth) 世界を推進する最重要の要因だったなら,左派と右派とで対称的なパターンが生まれていると予想されよう.だが,左派と右派とではそれぞれ内部ではたらく政治の力学が異なるために,左右でこのテクノロジーの受け止め方と利用法に異なるパターンが生じている.なるほど Facebook と Twitter のおかげで右派メディアは伝統的メディアがもつ最低限の品質維持(ゲートキーピング)の力を迂回できるようになったが,このパターンが〔左派と右派でそっくりな〕対称をなしてはいなかった.

新年度の授業準備(番外)

単発で社会人向け英語講座のお呼びがかかって担当している.いい機会なので,ついでに教材の見直しとアップデートも.

2017年3月6日月曜日

「映画 Arrival の主人公には言語学者や理論物理学者じゃなくて暗号研究者と宇宙生物学者を自分なら選ぶ」

――と,天体物理学者のニール・デグラース・タイソンがツイートしている:
タイソンは言語学者の仕事について翻訳者や通訳のそれと混同しているのではないかと,Nathan Sanders 他4名の連名で Language Log にゲスト投稿が掲載された:
暗号は,既知の言語を暗号文に符号化する.一方,Arrival やその原作『あなたの人生の物語』の課題は,まったく未知の言語を理解することだ.その点で,暗号研究者よりはフィールド言語学者の技法の方がこの課題には役立つだろう,と彼らは述べている.

2017年3月5日日曜日

Evernote継続

今年も Evernote の有料プラン「プレミアム」を継続してる.毎日かならず使う必須アプリの1つだ.

なんだかんだ言って,ウェブページのクリップ機能は便利だし,基本のテキストノートはいまもほどほどにシンプルだとぼくは感じてる.スマートフォン/PCのカメラを使った簡易スキャンも頻繁に利用している.蓄積してきた過去ノートの検索もそれなりにうまくいく(もっと速ければそれに超したことはないけど).

また,じぶん一人のノートだけでなく,去年からは教育用にも利用している.実際に試してみると,「共有ノートブック」の機能が学生さまの課題提出 etc. に使いやすいのがわかった.(ただし,ワークチャットが使えるのはよしあしで,ルールを決めて運用しないと問い合わせに労力を奪われかねない.)

とはいえ,Evernote に難点がないわけじゃない.それどころか,いろんな難点に目をつぶりながら使っている.たとえば――
  • いまだにWindows8/10 のタッチ操作に対応し切れていない.ノートブック一覧をただスクロールしたいだけなのに,なんでドラッグ操作にしてしまうん…?
  • Android版ではオフラインノートを選択できるのに,なんで Windows版では全部のノートブックをローカル保存しないといけないの? 
  • 「手書きノート」はまったく使い物にならない.ペンの認識精度が低いし,パームリジェクションがきかないので,画面に手をついて文字を書いたりできない.この点では,いまなおマイクロソフトの OneNote が圧倒的にすぐれている.
  • そもそも動作が重い.

他の競合アプリはどうかというと――
  • OneNote: マイクロソフトのアカウントを用意すれば無料で容量に制限なく使える多機能ノートアプリ.すごい.でも,ノートがリッチすぎてかえって使いにくくなってる.
  • Dropbox Paper: ろくに使ってないので未知数.(紹介動画
  • Synology Note Station: 個人用 NAS の Disk Station で使えるノートアプリ.ぼくんちにも Synology の Disk Station を導入しているので使える.有力な代替候補だけど,まだちょっとわからない.(紹介動画
Mac/iOS ユーザーには,Bear が有力な移住先らしい:
レビュー:
複数端末の同期は有料 ($14.99/Year).

2017年3月2日木曜日

M.Gladwell: "I realized that I'm a footnote-reader."





ダメ人間のあがき


  • ブラウザ起動時にカレンダーを表示するよう設定した.
  • 生活習慣アプリの Habitica を試してみることにした.ついでに,これもブラウザ起動時に表示するページに加える.


weblog: ナショナルジオグラフィックの新シリーズ『起源:人類の旅』

セーガンやドーキンスといった科学者に「歌わせる」動画シリーズ "Symphony of Science" をやってる melodysheep 先生が,ナショナルジオグラフィックの Origins: The Journey of Humankind のトレイラーを公開していた:


具体的なことは不明だけれど,彼はこのシリーズの「クリエイター,作曲者,エディタ-」として参加しているそうだ(動画紹介欄の記述).

2017年3月1日水曜日

weblog: Digibroせんせいのアニメ談義

YouTube でアニメレビューをやってる Digibro おにいさんの動画がけっこう楽しかった.

▼ 2016年のアニメ総評:

▼ Vlog でメモ的なこともやってる:

Digibro せんせい本人は,アカデミックなスタンスをとる人ではないけれど,なかには日本の「文化研究」の文献を参照している人たちもいるようだ.アニメ評論 YouTuber 3人でのオタク用語論議:
彼らが参照してたものから1冊買ってみた(いつ読むのかはわからない):

  • Patrick W. Galbraith, The Moé Manifesto: An Insider's Look at the Worlds of Manga, Anime, and Gaming. Tuttle Publishing, 2014. [Amazon






2017年2月24日金曜日

weblog



▼「カーン・アカデミーと科学教育動画の有効性」
  • Derek Alexander Muller, "Khan Academy and the Effectiveness of Science Videos," YouTube, March 17, 2011. 
  • カーン・アカデミーがやっているような科学教育動画はすばらしい.だが,Muller によれば,学習者たちはこうした動画を見て「明快だ」「わかりやすい」と好意的な感想を述べる一方で,動画視聴の前後で,そこで説明されている概念についての理解度がほとんど向上しないという.正しい考え方だけでなく,間違った考え方を動画に取り込むと,学習者は「わかりにくい」と感想を述べるが,視聴後にスコアは向上するという.

▼ カーネマン & クライン (2009)

  • Kahneman D, Klein G., "Conditions for intuitive expertise: a failure to disagree," American Psychologist, September 2009, Vol.64, No.6. 
  • 専門家の直観と専門知識は,ほんとうに優れている場合もあればたんに自信過剰なだけの場合もある.両者をわかつ条件はなんだろうか.

Abstract
This article reports on an effort to explore the differences between two approaches to intuition and expertise that are often viewed as conflicting: heuristics and biases (HB) and naturalistic decision making (NDM). Starting from the obvious fact that professional intuition is sometimes marvelous and sometimes flawed, the authors attempt to map the boundary conditions that separate true intuitive skill from overconfident and biased impressions. They conclude that evaluating the likely quality of an intuitive judgment requires an assessment of the predictability of the environment in which the judgment is made and of the individual's opportunity to learn the regularities of that environment. Subjective experience is not a reliable indicator of judgment accuracy.



2017年2月23日木曜日

新年度の授業準備 #3


教科書とリスニング音声を確保しないと


採用決定した語学教科書の本体とリスニング問題の音声を各出版社に問い合わせる.めんどい.

さすがに,いまではリスニング問題の音声が出版社ウェブサイトでダウンロードできるようになっている.えらい.ただ,それでも問題はあって,パスワードの発行が必要だったり,新版の音声がまだウェブサイトに用意されていなかったりする.こちらとしては,さっさと確保したいのだが.





2017年2月22日水曜日

dマガジンを試してみる

ドコモの dアニメにつづいて,月額432円(税込)で雑誌読み放題の dマガジンを試してみることにした.

雑誌の品揃えはそれなりで,ぼくの趣味だと『週刊アスキー』や 『Wired』 あたりを適当に流し読みできるほか,『週刊文春』みたいにふだん縁がない雑誌から気になる記事だけを拾い読みするのにはちょうどいいかもしれない.

雑誌のレイアウトは紙の雑誌をそのまま踏襲してるらしく,使用端末によって読みやすさは変わってくる.

まず,5.2インチスマートフォンの Huawei P9(フルHD)だと,誌面が小さすぎてとてもではないけれどまともに読んでいられない.

10インチの Xperia Z4タブレット(2560×1600)だと,見開きで読むのは少しつらく,縦表示1ページずつでなら文字を十分に大きく表示できる一方,見開き前提のレイアウトゆえに読みにくい場合も多い.

12インチの Surface Pro4 (2736 x 1824)だと,横画面で見開き2ページの表示でもそこそこ快適に読める.逆に,これで縦画面にすると大きすぎる感じ.

誌面のレイアウトはなおざりなところが目立つ.たとえば,下記の例を見ると,見開きで読ませる誌面でありながら,画面中央に大きくスペースをとっているために「バルミューダはまさかの硬すぎ」と読ませたいはずの見出しが,初見では素直に続けて読みにくくなってしまっている.

▲ 見出しのまとまりが崩れてしまって,「まさかの硬すぎ!? のは象印だった!」がまとまりをつくってるように見えてしまう

こういうツメの甘さは多々見受けられるものの,いろんな雑誌から必要なところだけつまみ食いするとしたら,月額432円で継続していいかな,といまのところは思える.

とりあえず,無料お試し期間が終わる前のタイミングで解約するかどうか考えるリマインダを設定しておいた.

2017年2月21日火曜日

新年度の準備作業 #2

来年度シラバスのうち,1つだけぎりぎりまで悩み続けた.いつもの英語の授業ではない「特殊講義」で,教育方法の実験場のような位置づけで,内容だけでなく教え方も新しいことを試してほしいという要望だった(とぼくは理解した).

いろいろネタだしをしてどうにかシラバスは仕上げたものの,講義本編の準備はただごとではない.来年度で死ぬ予感がする大きな要因の1つだ.

2017年2月20日月曜日

weblog

▼ ティム・ハーフォード「とっちらかり」(ポッドキャスト)

▼ 「儀式の力」(イギリス心理学会ブログ)

▼ 時間泥棒

2017年2月19日日曜日

新年度の準備作業 #1

こつこつ支度を調えないと4月になって死ぬ予感がするので,ここでメモを書きながらペースを整えていきたい.

weblog

ツイッターに流すのでもなく,ソーシャルブックマークを利用するでもなく,ただ Evernote にため込んだものをおさらいするのにこういう古式ゆかしいことをしているんだよ.とはいえ,三日坊主で終わりそうな予感もある.

▼ ロボットに課税して自動化を減速:

▼ 調査報道,ウェブメディア

▼ ティム・ハーフォード「理想のオフィスとは?」



▼ 時間泥棒



2017年2月18日土曜日

ジェフリー・ミラー『消費』のアレ

▼ 発端:

▼ これまでの足跡(カッコ内の日付はその章がおわった日を示す):
  • 第1章「ダーウィン,モールにゆくの巻」(2016年11月11日)
  • 第2章「マーケティングの魔術」(2016年11月21日)
  • 第3章「マーケティングが文化の中心にある理由」(2016年11月28日)
  • 第4章「ゼニにやられた脳」(2016年12月2日)
  • 第5章「消費主義の根本的な妄執」(2016年12月8日)
  • 第6章「適応度を見せびらかす」(2016年12月17日)
  • 第7章「誇示的な浪費,精度,評判」(2016年12月24日)
  • 第8章「自己ブランディングする体,自己マーケティングする心」(2016年12月30日)
  • 第9章「中核6項目」(2017年1月5日)
  • 第10章「消費者が見せびらかしマーケターが無視する特徴」(2017年1月9日)
  • 第11章「一般知性」(2017年1月20日)
  • 第12章「開放性」(2017年2月6日)
  • 第13章「堅実性」(2017年2月18日)

▼ これから先:
  • 第14章「同調性」(Agreeableness) (2017年3月7日)
  • 第15章「遠心的な魂」(The Centrifugal Soul) (2017年3月20日)
  • 第16章「見せびらかす意志」(The Will to Display) (2017年4月6日)
  • 第17章「自由を法制化する」(Legalizing Freedom)(2017年4月18日)
  • 「読者のための練習問題」(Exercises for the Reader) (2017年4月21日)
  • 「もっと読んだり見たりしたいなら」(Further Reading and Viewing) 

3月7日追記

しばらくサボリ気味.ページ数少ないのに第14章が終わるまでずいぶん時間をかけてしまった.

4月18日追記

本文はひととおり訳し終えたよ.えらい?






ピンカー「等位接続詞と従位接続詞にはなんの共通点もない」

スティーブン・ピンカー Sense of Style から:
p.84 に掲載したリストに「接続詞」のような伝統的範疇が入っていないのには理由がある.伝統文法では,接続詞には2つの下位範疇があって,「等位接続詞」(and や or など)と「従位接続詞」(that や if など)とに大きく分けられる.ところが,実は等位接続詞と従位接続詞にはなんの共通点もないし,両方を含む「接続詞」という範疇もないのだ.ついでに言えば,伝統的に従位接続詞と呼ばれてきた単語の多く,たとえば before や after は,実のところ前置詞だったりする [n.7].たとえば,after the love has gone(愛が失せたあと)の afterは,誰が見ても文句なしに前置詞の after the dance(ダンスのあと)の after と変わらない.たんに,伝統文法家たちが機能と範疇を区別しそこなって,前置詞が目的語に名詞句だけでなく節もとれる点が見えなくなっていただけだ.
原文:
There is a reason why the list on page 84, for example, doesn't have the traditional category called "conjunction," with the subtypes "coordinating conjunction" (words like /and/ and /or/) and "subordinating conjunction" (words like /that/ and /if/). It turns out that coordinators and subordinators have nothing in common, and there is no category called "conjunction" that includes them both. For that matter, many of the words that were traditionally called subordinating conjunctions, like /before/ and /after/, are actually prepositions. The /after/ in /after the love has gone/, for example, is just the /after/ which appears in /after the dance/, which everyone agrees is a preposition. It was just a failure of the traditional grammarians to dinstinguish categories from functions that blinded them to the realization that a preposition could take a clause, not just a noun phrase, as its object. 
脚註 7 で参照されているのはハドルストンとプラムの英文法書:

weblog


思い出したようにブログを利用するよ.

▼「スティグリッツ:フェイスブックよりトイレの発明の方がずっと重大だよ」

▼クルーグマン「無知は力なり」
▼ クルーグマン「ウォーターゲートよりひどい状況」


▼マイケル・シャーマー「事実では説得できないときどうすればいいか」

▼ 縄文時代の「暴力」についての研究(2016年);データは面白いけど解釈の方は要注意かな.
去年のニュースなのに,なんでいまさら SNS に出回ってるんだろう.



2017年2月15日水曜日

2017年2月13日月曜日

メモ: 法の支配を軽視した果ては?


トランプ政権には前代未聞の要素がある:リーダーと取り巻きが法の支配を根っこから軽蔑している点だ.これは安定しない.

今後の展開 (dynamic) としてありうるのは,ハンガリー方式の市民社会に対する威嚇とその弱体化,そして新体制の権力をひたすら強化し続けるというもの. 

もうひとつありうるのは,自壊 (implosion) だ:〔法の支配を軽視することによって権力・統治の〕正当性が浸食され,権力が損なわれ,もしかすると当の本人〔トランプ〕が権力にしがみつきながらも事実上の骨抜きにあるかもしれない.