2017年8月19日土曜日

SEP「タイプ vs. トークン」§2.1

前回訳したセクション 1 の続きで,今日はスタンフォード哲学事典「タイプ vs. トークン」のセクション 2.1 を訳すよ.


2. タイプ/トークン区別の重要さと適用範囲


2.1 言語学


言語学がタイプに関心をよせている点は,総じて同意がある.人によっては,Lyons (1977, p.28) のように,言語学はタイプにしか関心をよせていないと主張する向きもある.そうであってもなくても,言語学者たちがタイプを非常に重視しているようにみえるのは間違いない.言語学者はタイプが存在している「かのように語る」.つまり,理論においてさまざまなタイプを数量化し,それらを単称名辞を使って指し示す.クワインが強調しているように,しかじかの種類の実体が存在することをある理論が想定するのは,次の場合であり,そしてこの場合にかぎられる――すなわち,その変数の値がさまざまに変わっていても〔同じその実体のうちに〕数えられてはじめて,その理論のさまざまな言明が真でありうるとき,そのときにのみ,理論はその実体の存在を想定している.言語学にはそうした数量化が満ちあふれている.たとえば,「教育ある人の語彙はだいたい 15,000語ですがシェイクスピアの語彙は 30,000語近いのですよ」といった話を言語学では聞かされる.これらはタイプの話だし,英語のアルファベットが2文字あるとか,基本母音が18コあるという話もやはりタイプの話だ.(トークンを数えれば数字はずっと大きくなるだろう).また,言語学者はよく単称名辞を使ってタイプを指し示す.たとえば,OED によると,名詞 'color'(色)は近代英語初期から登場し,[kɒ’ lər] という発音に加えて「現代で通用するもっともよくある綴り」が2つあり  [colour, color],かつては18とおりの綴りがあったという [collor, collour, coloure, colowr, colowre, colur, colure, cooler, couler, coullor, coullour, coolore, coulor, coulore, coulour, culler, cullor, cullour] し,語義は18あるという (vol. 2, p. 636).『ウェブスター英語辞典』によれば,'schedule' という単語には現行の発音が4とおりある: ['ske-(,)jü(ə)l], ['ske-jəl] (アメリカ英語), ['she-jəl] (カナダ英語), ['she-(,)dyü(ə)l](イギリス英語) (p. 1044).このように,言語学者は明らかにこれら3つの単語が存在すると信じている.この3つは,タイプだ.

タイプを指し示す場合は,文字や母音や単語にかぎらず,言語学のあらゆる分野で広く見られる.辞書学は,名詞や動詞や単語やその語幹や定義や形態や発音や語源を論じるにあたって,そこで指し示されているのがタイプであることがはっきりわかる用語を使う.音声学では,子音・音節・単語・分節音,ヒトの声道とそのさまざまな部位(舌は5つの部位にわかれる)が存在すると想定している.音韻論も音声を系統立てて考えるが,こちらは音素・異音・交替・発話・音韻的な表示・規定形式・音節・単語・強勢グループ・韻脚・調子群といった用語で語る.形態論は,形態素・語根・接辞などが存在することを想定しているようだし,統語論では文の存在を,意味論では意味表示・LF表示などの存在を想定しているらしい.明らかに,ちょうど単語や文字や母音にトークンがあるのと同じく,いま列挙したこうした項目(名詞・発音・音節・調子群など)にもトークンがある.一方,意味論で研究される項目(記号の意味やそうした意味どうしの意義関係など)にもタイプとトークンがあるのかどうかという点は異論の余地があるし,語用論もその点は同様だ(話者意味・文意味・推意・前提など).こうした問題は,「心の出来事(トークン)やその一部が意味でありうるのかどうか」という問題に関わるように思えるが,ここでは立ち入る余裕がない.概念や思考――それぞれ意味の一種――にタイプとトークンがあるという説については,Davis (2003) を参照されたい.

上記で言及したタイプが定義されるときには他のタイプを参照しつつ定義される点は注目に値する.たとえば,文を定義するときには定義の一環として単語を参照してよいし,その単語も音素を参照して定義されうる.

言語学ではなにかにつけて,しかもおおむね吟味をしないままに,タイプとトークンの関係に依拠していたり,ラングとパロール,言語能力(コンピテンス)と言語使用(パフォーマンス)のようにタイプとトークンに関連した区別に依拠していたりする.この点について警戒を呼びかける議論が Hutton (1990) に見られる.

セクション 2.2 につづく

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