要点
- 一般にマルチタスクが作業効率を下げるのは事実だろう.
- でも,ヒューレット・パッカードの「インフォマニア研究」とされてるものには要注意かな.
メモ本文
ダニエル・レヴィティンの一般書 The Organized Mind で,気になってた箇所をこっちにメモする:Just having the opportunity to multitask is detriment to cognitive performance. Glenn Wilson of Gresham College, London, calls it infomania. His research found that being in a situation where you are trying to concentrate on a task, and an e-mail is sitting unread in your inbox, can reduce your effective IQ by 10 points.
マルチタスクの 機会 があるだけでも,認知パフォーマンスには有害だ.グレシャム大学のグレン・ウィルソンはこれを「インフォマニア」と呼んでいる.彼の研究では,あるタスクに集中して取り組もうとしている状況で,インボックスでメールが未読のままになっていると実効的な IQ が10ポイント低下しうることがわかっている.
(Levitin, The Organized Mind, p.95)
なるほどなるほど.日常生活での実感にも合ってるし,おもしろい.
ただ,ここで引用されている研究には注意が必要っぽい.レヴィティンが参照してるものは次のとおり (p.413):
- Naish, J. (2009, August 11). "Is multi-tasking bad for your brain? Experts reveal the hidden perils of juggling too many jobs." Daily Mail.
- Wilson G. (2010). "Infomania experiment for Hewlett-Packard." Retrieved from www.drglennwilson.com 〔※ファイルはこれ〕
1つ目は「デイリー・メール」の記事で,2つ目は実験を行ったグレン・ウィルソンじしんの書いたメディア向けサマリーだ.
サマリーでは,実験手法と結果について簡略に記したあと,メディアでの誤報についてコメントが述べられている.まず,実験は次のようなものだったそうだ(一部のみ抜粋):
- Porter Novelli の従業員8名(男性4名と女性4名)に2回テストを行った.1回目は静かな条件,2回目は注意をそらす条件(携帯電話が鳴り,メールが着信している).
- 設計では,性別,テスト条件の順序,IQ テスト問題の順序に関してバランスをとってある.両方の条件で皮膚コンダクタンス,心拍,血圧を計測するとともに,被験者に自己評価を記してもらった.
- 実験結果からは,テクノロジーによる注意散逸が明らかに IQ テストの成績を低下させていることが示された.(平均スコアは静かな条件で 143.38 だったのに対し,「わずらわしい」条件では 32.75 に低下した).
続いて,報道についてのコメント:
This study was widely misrepresented in the media, with the number of participants for the two aspects of the report being confused and the impression given that it was a published report (the only publication was a press release from Porter-Novelli).
この研究はメディアで広く誤報された.レポートの2つの条件の参加人数が混同されたり,これが〔学術誌で〕公刊された研究であるかのような印象が与えられたりした(唯一の出版物は Porter-Novelli のプレスリリースだった).
Comparisons were made with the effects of marijuana and sleep loss based on previously published studies not conducted by me. The legitimacy of these comparisons is doubtful because the infomania effect is almost certainly one of temporary distraction, whereas sleep loss and marijuana effects on IQ might conceivably be more fundamental, even permanent.
それまでに公表されていた研究に基づいたマリファナや睡眠不足の効果と比較した報道もあった.そうした実験は筆者が実施したものではない.こうした比較の妥当性は疑わしい.なぜなら,インフォマニア効果はほぼ確実に一時的な注意散逸のものであるのに対し,睡眠不足やマリファナが IQ に及ぼす効果はもっと根本的で,永続的ですらあるかもしれないからだ.
I have prepared this note in response to numerous media enquiries and have not researched the topic since 2005.
このノートはメディアからの多数の問い合わせに対応して用意した.2005年以来,この話題について筆者は研究していない.
メディアでの報道について,神経科学の大学院生(当時)がブログでこう記している:
This news report is quite misleading in that it presents the results in a “technology is making you dumber” kind of way, instead of “repeated distractions and interruption break one’s concentration rendering a worker less effective.” It also implies that this lowered IQ is permanent, that somehow this behavior actually impacts a person’s global intelligence. Obviously, this isn’t true.
〔BBCによる〕このニュース記事は非常に誤解をさそう.この実験結果を紹介するのに,「テクノロジーで人はバカになる」みたいなかたちでまとめていて,「繰り返し注意をそらしたり妨害・中断をはさむと集中が切れて従業員の効率が落ちる」みたいに言ってないからだ.また,この IQ の低下が永続的であるかのような含みもある.つまり,この行動がどういうわけかその人の全体的な知能に影響を及ぼすかのように思わせている.明らかに,これは事実とちがう.(中略)
The data may be valuable in trying to maximize productivity and reduce distractions which impair the ability to focus on the task at hand, but the study’s methods and design have not been published anywhere. Add to this that it was privately commissioned by HP, well, taking the results with a grain of salt might be even too generous. Mark Liberman (of UPenn) came to the same critical conclusions and engaged in correspondence with Dr. Wilson, who was surprisingly frazzled by the media’s hype of the story (response below).
このデータは生産性を最大化し,注意をそらして目下のタスクに集中する能力を低下させる要因を減らすうえで貴重なものかもしれない.だが,この研究の手法と設計はどこにも公表されていない〔訳註:上記でもリンクしたワードファイルが2010年に公開されている;そこには簡略に実験の設計などについて記載されている〕.それに加えて,この研究は HP によって私的に委託されている.実験結果を少し割り引いて聞くだけでもまだ寛大に過ぎるかもしれない.マーク・リーバマンも同じ批判的な結論にたどりついて,ウィルソン博士とやりとりをしている.驚いたことに,ウィルソン博士はメディアによるこの一件の誇張報道に疲弊している.
(Shelley Batts, "Hewlett Packard 'Infomania' Study Pure Tripe, Blogs Not," Retrospectacle: A Neuroscience Blog, February 27, 2007. )
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