2018年9月6日木曜日

自然な日本語に訳す練習問題: the thought

Twitterでなんとなく書いたネタ.
例文は,ニュースサイト Vox の動画から拝借した.


どんな場面で出てきた文なのか見ておくと,言わんとしてることがわかりやすくなるはずだ.

続きを読む前に,自分なりに1つ訳例をつくってもらえるとうれしい.

(できました? では続きをどうぞ)


さて,まずはいかにもダメな訳例をでっちあげてみよう:
ダメな例: 「多くにとって,都市におけるサイクリングの思想はおそろしい」
なにを言ってるのかろくに考えないまま,the thought をとりあえず「思想」「思考」と対応させたり,cycling をカタカナで「サイクリング」にしてすませる安直な訳文だ.

ついでながら,9月6日現在,グーグル翻訳先生に訳してもらうとこんな結果になる:


Google Translate: 「多くの人にとって、街のサイクリングの考えは恐ろしいものです」
この訳文もやっぱりよろしくない.

さて,ぼくなりにこれを自然な日本語に訳すなら,こうする:
訳例 (1): 「街中で自転車に乗るなんてゾッとするという人も多い」
でも,これだと「いやいや,"the thought" に対応する箇所が抜けてるじゃないか」というツッコミがあるかもしれない.それなら,これはどうだろう:
訳例 (2): 「街中で自転車に乗るのを考えるとゾッとするという人も多い」
さっきのダメな例と見比べてみてほしい.

この例文のポイントは,the thought が「なにかを考えるプロセス」を意味してるってところだ.オックスフォード学習者英語辞典だとこの語義に "process/act of thinking" の見出しをつけている.考えた産物の「思想」や「アイディア」とはちがう.

これをふまえて例文の骨格部分に注目すると,"the thought ... is terrifying" で「~について考えることが,(誰かを)ゾッとさせる」という意味になっている.ゾッとする誰かとはいったい誰かというと,この場合ははっきり言われている:「多くの人たち」(for many) だ.そして,なにについて考えるのかと言えば,"cycling in the city" つまり「街中で自転車に乗ること」だ.

以上を合わせると,例文が言わんとしている意味はだいたいつかめるはずだ:「街中で自転車に乗ることを考えることが多くの人をゾッとさせる」とかなんとか,そんな感じ.

でも,例文が言ってることをそっくり日本語でなぞって言い換えたこの文は,なんとも長ったらしいし,ぎこちない.

まずなによりぎこちないのは,英語の主語-述語をそのまま日本語に対応させた「考えることが(誰それを)ゾッとさせる」という言い回しだ.そうではなくて「考えるとゾッとする」の方が自然に聞こえる.

こうしてできあがるのが,さっきの訳例 (2) だ:「街中で自転車に乗るのを考えるとゾッとするという人も多い」――そして,ここからさらに歯切れ良くするために「考える」も省いてしまえば訳例 (1) になる:「街中で自転車に乗るなんてゾッとするという人も多い」

たしかに「考える」という言葉こそ省いているけれど,かわりに「~なんて」をはさむことで,実際に乗ってみてゾッとするのではなく乗るのを想像してゾッとするんだろうと聞く側・読む側が言外に補ってくれるのに期待した訳文だ.

これと同様の例には,ときおり出くわす.以下,ぼくが訳したことのある文章から抜粋しよう:

But for students who find classes boring and baffling, even the thought of enduring even one more semester of academics is agonizing.
「でも、授業なんてたいくつでわけわからんと感じている学生たちにとって、大学の勉強をあともう1学期耐えきるなんて、考えるだけでもしんどいことなのだ。」
(Noah Smith, “Sheepskin effects - signals without signaling,” Noahpinion, December 18, 2017) 
If you are a misanthrope at heart, the thought of wearing other people's clothing, like the thought of their existing at all, may make your toes curl and your teeth clench.
「腹の底からの人間嫌いだったら,そもそも人間が存在するだけでもうんざりなのに,他人の衣類を着用するなんて,考えるだけでも手足はおびえ縮み,歯がガチガチと音を立てるかもしれない.」
(Geoffrey Miller, Spent, 2009)
(...) you readily swallow your saliva in your mouth but would be repulsed by the thought of drinking it out of a glass (...)
「口のなかにあるツバを飲み込むのなんてなんてことないのに,いったんグラスにツバをはきだしてそれを飲むなんて,考えるだに拒絶感におそわれますね」
(Ray Jackendoff, Language, Consciousness, Culture. 2007)

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