2015年1月22日木曜日

ハーフォード「ノーと言うことの力」(翻訳記事にあらず)

お願いごとを断るのはなにかとむずかしい.相手への義理もあるし,チャレンジから逃げてるような気分にもなる.経済学者のティム・ハーフォードが『フィナンシャル・タイムズ』のコラムで,お願いごとを機会費用の観点から取り上げてる (Tim Harford "The power of saying no")
《お願いごとに「イエス」と答えるたびに,その機会にできた他のあらゆることに「ノー」と言ってることになる》
なんで「ノー」と断るのはこんなにも難しいんだろう? ひとつには,未来のコストを小さく見積もってしまう双曲線割引のせいだ,とハーフォードは言う.「PTAの役員をやってくれませんか」なんてお願いをされると,その場でむげに断るのはすごく居心地が悪い.いま断っておけばのちのちの厄介事を回避できるとわかっていてもなかなか断れない.「いいですよ」と答えれば,ひとまずその場ではいい気分でいられる.

この罠を避けるために小技は,「イエス」と答えてしまう痛みをすぐに感じられるようにすることだ.約束を守るためにやがて訪れる厄介事の苦しみをその場で腹の底から感じられれば,そもそもバカな約束をしないでいられるかもしれない.

そのためには,こう自問したらいいんじゃないかとハーフォードは言う――「もしもこれを今日やらなくちゃいけないとしたら,引き受けるだろうか?」 これはそれほど悪い手じゃない.なぜなら,どんなに先の約束でも,その時期になったら差し迫った仕事になってるにちがいないからだ.

同じ考え方でもっと極端なやり方もある.新しいタスクはどんなものでも遅延を許さないと決めてしまえば,なにか引き受けるたびにそれが最優先事項となる ("Last come, first served").このルールを採用すると,他のすべてを脇に放り投げてもかまわないと思えないかぎり,新規にタスクを引き受けることはなくなる.とはいえ,これはあまりにも馬鹿げてる.

かしこく「ノー」と言うには,あらゆることに機会費用があるってことを理解するのが役立つ.機会費用とは,あることをやったり手に入れたりするために諦めなくちゃいけないことを言う.

訓練された経済学者ですら,機会費用に混乱してしまうことがある.こんなパズルを考えてみよう,とハーフォードは言う――
レディオヘッドのライブを観覧するタダ券をもっているとしよう(転売はできない).ところが,なんたる偶然か,レディガガも見に行けることになった――チケットは40ポンドで売りに出てる.レディガガを見るためなら,ライブの日程がいつだろうと 50ポンドまで支払う意志があるとしよう.レディオヘッド以外の選択肢として,レディガガのコンサートを見るのが最高にいいと考えている.2つのライブのどちらに行くにせよ,他にコストはないと仮定する.このとき,レディオヘッドを見に行く機会費用はいくらだろう? (a) 0ポンド,(b) 10ポンド,(c) 40ポンド,(d) 50ポンド.

ハーフォードせんせいのはげまし:「答えがわからなくても,びびらなくて大丈夫だよ」――正解は,経済学者たちの回答数がいちばん少ないんだそうだ(答えはのちほど;これは,Paul J Ferraro and Laura O Taylor がとある経済学会で経済学者たちに出題したパズルの変種とのこと).

「書評を書いてくれませんか」「金利に関するパネルディスカッションの司会をやってくれませんか?」「学生相手に話をしてくれませんか?」などなど,こういうお願いごとを個別に見れば,実にまっとうな話に見える.でも,そうやって個別に見るのはまちがいだ.機会費用のレンズを通して見てはじめて,利害がより鮮明に見えてくる――

「自著を1章分書き進めるかわりに書評を書くべきだろうか?」「学生相手に話をして,そのかわりに息子にベッドで本を読み聞かせてあげるのを諦めるべきだろうか?」「パネルディスカッションの司会をして,そのかわりに妻と夕食どきの会話を諦めるべきだろうか?」

じゃあ,これを実生活に活かすために,どんな小技が使えるだろうか? ハーフォードはこんなアイディアを紹介してくれてる:
それでもやっぱり,「ダメ」と言うのはきまりが悪いし,いくらかの決心を必要とする.助けのお願いをすすんで断りたがる人なんていない.でも,最後にこんなトリックが使える.家族を大事にすると誓ってる人たちは試してみるといい.いま述べてきた機会費用の教訓からわかるように,知り合いのお願いごとに「ダメ」と言うたびに,家族に「うん」と言ってることになる.うん,ちゃんと就寝時間には帰るからね.うん,週末にはパソコンを立ち上げないからね.
そこで,「すみません,できません」のお断りメールを書いたら,必ず妻のメールアドレスを BCC に入れることにしてる.見知らぬ人にきまりの悪いメールを送ると,それが彼女へのささやかなラブレターになる.

問題は,ぼくには妻も恋人もいないってことだけど…


クイズの答え:レディガガのライブに行くコストはチケット代40ポンドだけど,いつだろうと彼女のライブに行くためなら50ポンド払っていいと考えている.したがって,ガガを見に行く正味の便益は10ポンドだ.かわりにレディオヘッドのチケットを使うとすれば,この便益を放棄することになる.よって,レディオヘッドのライブに行く機会費用は10ポンドだ.

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