G.E.ムーア「ムーアのパラドクス」(1993)
- Moore, G.E. "Moore's Paradox." In Thomas Baldwin (ed.), G.E.Moore: Selected Writings. Routledge, 1993/2013. [Amazon]
編者の註釈:
本稿は,ケンブリッジ大学図書館に所蔵されているムーアの原稿に含まれていた無題・未完の手稿である.ムーアはこれを公表に向けて準備してはいなかった.手稿はかなり乱雑で,ところどころ判読困難な箇所もある.編者は,暫定的にこれを1944年以降のものと考える.ムーアは,1930年代以降の講義で彼のいう「パラドクス」に簡略に言及したことが数回あり,また,1942年の『G.E.ムーアの哲学』(The Philosophy of G.E.Moore) では批判者への応答でパラドクスを述べているし,1944年の論考「ラッセルの記述理論」("Russell's Theory of Description";『哲学論文集』(Philosophical Papers) に再掲)でも言及している.だが,このパラドックスを長文で論じたものを公表することはなかった.1944年にウィトゲンシュタインからムーアに宛てた手紙では,精神科学クラブ (Moral Science Club) でムーアがこれについて発表した論文をウィトゲンシュタインが賞賛している.本稿が,その論文の手稿なのだろうか? 編者はそうではないだろうと考える――というのも,本稿はウィトゲンシュタインがこの主題について述べたことへの応答というかたちをとっているからだ.編者の所見では,ムーアの最初の論文(現在も未発見)につづけてウィトゲンシュタインが同じ主題について論文を公表し,そのあとでムーアが再び本稿で問題を論じなおしたのだと思われる.ウィトゲンシュタインは「ムーアのパラドクス」(この名称はウィトゲンシュタインに由来する)を『哲学探究』(Philosophical Investigations, Blackwell, Oxford: 1953) の第二部セクション x で論じている.同書のもとになったウィトゲンシュタインの手稿は『心理学の哲学に関する最終原稿』(Last Writings on the Philosophy of Psychology, vol.1, Blackwell, Oxford: 1982) として出版されており,そちらではムーアのパラドクスについてさらに多く論じられている.
今更ですが、ここでの Moral Science は、Natural Science との対比で理解すべき単語なので、「道徳科学」ではなく、「精神科学」と訳すべきだと思います。現代の人文社会学に相当する領域です。
返信削除ムーアはご存知のとおり『プリンキピア・マテマティカ』の著者ラッセルの盟友であり、彼らの「精神科学クラブ」は、かつてニュートンが『プリンキピア』で提示した「自然哲学」によって、ヒュームが「精神哲学」を生み出そうとしたのと同様に、当時急速に進歩していた「自然科学」と比肩し得る「精神科学」を生み出そうという彼らの意気込みが感じられる命名です。
ご指摘のとおりに修正しました.勉強になります.
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