2018年5月10日木曜日

スタンフォード哲学事典の「言語行為」を訳読しよう #20

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6.2 言語行為とスコア記録


言語行為に関わる文献には,語用論的要因を強調する自然言語意味論の研究から奇妙なほど切り離されているものがたくさんある.たとえば,スタルネイカー,ルイス,トマソンといった人々は談話において量化・前提(意味論的前提・語用論的前提の両方)・照応・直示・曖昧性が果たす役割の理解を目指した会話の運動学 [kinematics] のモデルを発展させている (Stalnaker 1972, 1973, 1974; Lewis 1979, 1980; Thomason 1990).そうしたモデルでは,典型的に,会話とは参加者たちが前提にする〈命題〉の集合が発展し続けるものだと考える.この〈命題〉の集合を会話の共通基盤という.会話の共通基盤は,参加者全員が事実だと見ていて,しかも同時に他の参加者たちも事実だと各参加者が見ている〈命題〉の集合として定義される.ある〈命題〉p が会話の共通基盤に含まれているとき,話者は p が事実だと適切に前提にできる.そこで,シンガポールにはただひとりの王がいるという〈命題〉がある時点で会話の共通基盤に含まれているとしよう.このとき,話者は「現在のシンガポール王は賢い」「シンガポール王が眠っている」といった文を適切に発話できる.ある時点での会話を特徴づけるパラメータには,他にも次のようなものがある:談話領域,際だって知覚しやすい物体,粗密の規準,時,世界または状況,話者,聞き手.会話のある時点でこうした項目がとる値すべての集合は,「会話のスコア」と呼ばれることが多い.

言語使用への「スコア記録」アプローチでは,典型的に,会話への寄与を〈命題〉だと考える:その「確言」が受け入れられたら,その〈命題〉が共通基盤に入ってスコアが更新される.この考え方で,マクファーレンは確言の言語行為を会話スコアを更新する発話の能力の観点で説明する案を考えている.だが,こうしたアプローチにも難点がある.同じ内容をもつ2つの言語行為,たとえば天の川にはブラックホールがあるという内容の確言と推測は,いかにして会話に異なった貢献をするのかをうまく説明できないのだ.スコア記録モデルをさらに充実させるには,こうしたちがいへの感応性を加える手があるだろう.(MacFarlane 2011).

スコア記録モデルでは他にも発展があった.それは,さきほど触れておいた目的論的な解釈を洗練させて,(セクション2.1で述べた方向で)〈命題〉の集合として解釈した〈疑問文〉を取り込むことだ.会話の参加者が,その場の他の面々から異議をぶつけられずに確言を提示したとき,その発語内行為の〈命題〉内容は共通基盤に入り込む.会話の参加者が質問を発して他の面々に受け入れられたなら,そのとき,この変化はその発語内行為の〈疑問〉内容にあたる命題の集合が〈共通基盤〉に追加されたこととして表せる.この〈疑問文〉が存在していることで,会話の参加者たちはその〈疑問文〉への完全な回答となる〈命題〉を探り出す義務を負う.〈疑問文〉どうしはお互いに推論上の関係がある(Q1 へのどんな答えも Q2 への答えになるとき,Q1 は Q2 を伴立する)ので,質問に答える方略として,その質問が伴立するもっと扱いやすい質問に分割して対処する手があるだろう(「屋根のある橋は日本にいくつある?」に答えるには,47都道府県それぞれについてに分割して答えればいい.ロバーツは,会話の展開の「目下の疑問」モデルを発展させている (Roberts 2004, 2012) .これによれば,共通基盤には〈命題〉の集合に加えて,さらに〈疑問文〉の部分順序集合も含まれている.会話へのこの目的論的なアプローチは,前提や推意といった語用論の他の中心的な話題に言語行為がどう関連しているかについて我々の理解を豊かにしてくれる見込みがある.[17]

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つづく

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