2014年9月3日水曜日

カジュアルな場所でも出典を示すべき

とくにツイッターのような場所では,引用にあたって出典を示す人は,意外と少ない.わざわざ出典を明示するのが大げさに感じられるのかもしれない.

だけど,できるかぎり明示した方がいい.主な理由は次の2つだ:
  • 他人がその発言をたどりやすくするために
  • 歪曲を防ぐために
1つ目の理由について.その文章やデータがなにのどこに載っているかをじぶんが知ってるかどうかじゃなくて,そんなものを知らない他人が手間取らずにアクセスできるかどうかが大事だ.

こまかい表記法の話は脇に置いて,もっとカジュアルに出典を示す場合にも,たとえば次のような言い方では,第三者が当該の文章・発言を探し出すのにかかる手間(コスト!)は大きい――
  • 「誰だったかがそう言ってます」(は?)
  • 「クルーグマンがどっかでそう言ってます」(著作がめちゃくちゃ多いんですけど)
  • 「クルーグマンがコラムでそう言ってます」(どこの?)
  • 「クルーグマンが『ニューヨークタイムズ』のコラムでそう言ってます」(いつの?)
――出典さえまともに示しておけばかからないコストなんだから,「無駄に大きい」と言うべきだ.それなら,最初っからこんな風に言った方が親切だ:
  • 「クルーグマンが2014年8月17日の『ニューヨークタイムズ』コラム "Why We Fight War" で言ってます」
もちろん,ウェブ上にある文章なら,引用された発言そのものや適当なキーワードで検索すればでてくるかもしれない.だけど,他人に無駄な手間をかけさせてることにかわりはない.

それに,検索してもぜんぜんでてこないかもしれない――誰かが言ったと思っていた発言がほんとは別の人の発言だったり,自分が覚えてるのとはまるでちがった趣旨だったり,そもそも誰も言ってなかったりするからだ.ツイッターのようなカジュアルな場所でも出典を明示すべき理由の2つ目がこれだ.

「そんなまぬけな記憶違いなんて,俺はしない」と思っていられる人はおしあわせだ.「ああいう一節があったな」と思って引用しようと当該の文献をあたってみたら,思ってたのとちょっとちがうものだったなんて経験,ぼくはたくさんある.載っている文献が記憶とちがうものだった場合なんて,もっと多い.しっかり覚えていたつもりの当人がそのザマなんだから,他人に「ぜったいこういう発言があるんだから必要なら調べろ」なんて,とても言えない.

悪気はなくても,どんなに自信があっても,記憶から引用すれば,発言を歪曲するリスクを冒すことになる.

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