2020年12月29日火曜日

半分だけ訳した:ファーマン & サマーズ「誰が財政赤字を恐れてる?」(2019年)

「経済学101」のために訳文を用意していたんだけれど,その後,いっこうに翻訳許可がこないので,半分だけこっそり置いておくね.

***以下,訳文***


ワシントンはいかにして債務恐怖症を終わらせるべきか

アメリカ合衆国の年間財政赤字は,今年,1兆ドル近くに達する見込みだ.2016年の 5億8500万ドルからさらに増え,GDP の 4パーセントを超えている.歳出に対する歳入不足が続いていく結果,今後10年で国の債務すなわちアメリカ政府が抱える債務の総額は,現在の GDP の 78% から GDP の 105% にまで膨らむと予想される.経済が繁栄している時代にこれほど巨額の債務が生じる事態は,合衆国史に前例がない.

これは問題になるだろうか? 経済学者と政策担当者のなかには,この傾向は厄災をもたらすと考える人たちがいる.経済成長の足を引っ張り,ことによると,遠からずして全面的な債務危機にいたりかねないと彼らは言う.そうした赤字原理主義者たちの目には,シンプソン=ボウルズ・プラン(債務を急激に減らそうという2010年の案)が失敗したのは,〔債務削減の〕好機を逃した失策と映る.彼らによれば,政策担当者たちは国の赤字対策を最優先事項にすべきだという.他方で,赤字上等派によれば,グローバル資本市場の投資家たちはアメリカ国債を買う意欲が高く(借り入れが容易になり),目下の金利は低く(借り入れが安く),高インフレが生じていない(つまり連銀は金利を低く維持できる)ため,アメリカは財政の制約を無視できると主張する.


赤字上等派は大事な点を1つ突いている.金利の長期的な構造的低下により,政策担当者たちは伝統的な財政アプローチを再考すべき状況にある.伝統的な財政アプローチでは,おうおうにして,教育・医療・インフラといった意義ある投資を無思慮に制限してしまっている.だが,それでも多くの人々は支出削減に固執している.とくに,社会保障とメディケイドのような福祉プログラムの支出削減を進めようとする意見は根強い.これは誤りだ.政治家も政策担当者も,赤字ではなく喫緊の社会問題に関心を集中すべきだ.

とはいえ,財政の制約を全面的に無視すべきでもない.赤字原理主義者たちも,債務を永遠に増やし続けるわけにいかないという点では正しい.また,できることとできないこと,望ましいことと望ましくないことに関して行動を制限する原則または手引きなしに政府は予算政策を設定できない.

赤字削減を最優先することも無視することもない政策アプローチはある.かつてと異なり,予想される赤字額の削減を予算策定にあたる人々が優先事項にする必要はない.だが,景気が低迷していて財政刺激策が必要とされるときをのぞいて,新規の支出や減税によって債務が増加することのないように手を打つ必要もある.この中間路線では,赤字削減に多大な対策をとることなく巨額の赤字が増加するのを許容する――少なくとも,予見しうる範囲の未来ではそうだ.だが,いまの政策では債務を積み上げ続けているが,この路線ではこの2年続いている政策の傾向を止めることにもなる.

新たに必要とされる事項に対応するどころか,既存の公共サービスを維持するだけでも,いっそうの歳入が必要となることも,政策担当者は認識しなくてはならない.今日の巨額の赤字がどこから生じているかと言えば,歳入の減少よりも,福祉支出の増加から生じている部分の方が大きいのだ.さらに支出すること自体は,べつに恐れるようなことではない.アメリカは,その根本的な課題への解決策に投資する必要がある:すなわち,仕事が見つかる見込みのなさに諦めてしまった何百万人ものアメリカ人に雇用を見つけ出すこと,いまなお健康保険を手にしていない何百万人もの人々にこれを提供すること,不適切な教育制度によって取りこぼされている子供たちにも機会を拡大すること――こうした課題への投資は必要だ.


赤字に関する事実

経済学の教科書では,こんな風に教える――「政府の赤字は金利を上げ,民間投資を押しのけ[クラウドアウト],みんなをいまより貧しくする.他方で,赤字を削減すれば,金利が下がり,生産的な投資が促される.」 こうした要因は,1980年代後半から1990年代序盤にかけては重要だったかもしれない.当時は,長期の実質金利(名目金利からインフレ率を引いた数値)の平均は,だいたい4パーセント前後で,株式市場の値付けは今日よりずっと低かった.ジョージ・H・W・ブッシュ大統領とビル・クリントン大統領による対策は,1990年代に投資主導の景気過熱に寄与した.

だが,今日の状況は大きく変わっている.たしかに,対 GDP 比で見た政府債務ははるかに大きくなっているものの,政府債務にかかる長期の実質金利はずっと低くなっている.表を参照してほしい.2000年に,議会予算局 (CBO) はこう予測していた――対 GDP 比でみたアメリカ政府債務は,6パーセントになるだろう.その同じ10年予測が,2018年時点では 105パーセントという数字になっている.その一方で,10年物国債の実質金利は 2000年に 4.3パーセントだったのが,去年は平均 0.8 パーセントにまで下がっている.こうした低金利は,連銀によって操作されたものではないし,たんに金融危機の結果でこうなっているのでもない.低金利は金融危機以前からはじまっていた.これはもっと根深い複数の要因に起因しているようだ.たとえば,投資需要が低下していることや,貯蓄率の上昇,拡大した格差などが考えられる.金利は今後7年間で少しばかり上がるかもしれないが,金融市場は,1980年代~1990年代に比べて金利がはるかに低くなると予想している.現行の 2.375パーセントという連銀の金利は中立金利に近いと連銀議長ジェイ・パウエルは発言している.中立金利とは,維持可能なペースで経済が成長する金利だ.フェデラル・ファンド金利はこれ以上にあがることはないと金融市場は予想している.

低金利ならば,政府はさらに高い水準の債務を維持できる.なぜなら,資金調達コストが下がるからだ.たしかに対 GDP 比でみた国の債務は,この20~30年ではるかに大きくなっているが,その債務にかかる金利への支払い額をインフレに調整してみると,GDP に占める割合は第二次世界大戦後の平均とおおよそ変わっていない.財務省にとっての赤字のコストは,債務に対して支払う金利がインフレをどれくらい上回るかにひとしい.この基準で見ると,アメリカ合衆国が金利支払いに振り向ける必要がある資源も,経済に占める割合で見て歴史的な平均とおおよそ同じままだ.たしかに,実質金利も名目金利も今後10年で上昇する見込みではあるものの,債務にかかる金利の支払い額は,1980年代後半から1990年代前半に達していた水準をかなり下回ったままになると予想される.つまり,赤字削減が経済の重要事項の上位になっていた時代に比べて支払い額は下回っているのだ.

政府の赤字が経済に与える打撃は,昔に比べて小さくなっているように思える.教科書的な経済理論では,政府債務が高水準になると企業がお金を借りるのがもっと高くなると考える.ところが,近年は金利が低く,株式市場の価格医は企業の収益に比べて高くなっている.さらに,大企業はバランスシートに大量の現金を保有している.資本コストによって企業が投資を控えていると真面目に論じる人はいない.こうなると,赤字削減が民間投資を大きく刺激することはありそうにない.

さらに,赤字を減らすことで生じるだろう金利の低下がかならずよいものになるとはかぎらない.元財務長官のロバート・ルービンや経済学者マーティン・フェルドスタインなど多くの経済学者や政策担当者は,金利がすでに低すぎるのではないかと懸念している.彼らの主張によれば,借り入れが安くなったことで利点もいくらかあるものの,お金を非生産的なベンチャーに投じるよう投資家たちを誘導してしまって,金融バブルをうみだしているし,きたる景気後退への対応で金利を引き下げる余地が少なくなっているのだという.合衆国が GDP の3パーセント分の赤字を削減したら国の債務を安定させるのに十分で,それによって金利はいっそう低下するだろう.

評論家のなかには,赤字の拡大によって教科書の警告どおりにたんに経済成長がゆっくりと食い潰されるだけではすまないと心配する人たちもいる.赤字の拡大は,合衆国がクレジット市場へのアクセスを失う金融危機につながりかねず,もしそうなったら経済のメルトダウンがはじまると彼らは考える.この恐れを正当化するような経済理論や歴史的な証拠は稀少だ.自国通貨で借り入れて自ら通貨を発行している国で財政危機が生じた例はあるとしてもまれだ.たとえば,日本の債務はほぼ20年近くにわたって GDP の 100パーセントを超えている.だが,長期国債の金利は依然としてゼロ近くのままで,実質金利はゼロを大きく下回っている.自国通貨で借り入れておらず自国の金融政策もとれないイタリアですら,市場に言わせれば債務不履行の大きなリスクに直面しているとされながらも,債務は高水準なうえに政府は新規の大規模支出計画を立てているのに長期の実質金利は2パーセントを下回っている.

2010年代のはじめに起きたユーロ圏の債務危機は,債務超過の厄災を物語る教訓だとよく言われる.だが,ユーロ圏の債務問題をもたらした原因を考えるなら,放漫な支出と同じくらい,経済成長の低迷も,その原因となっている(さらに,その経済成長の低迷をいっそう悪化させたのが景気後退に際しての政府支出削減だった).自国で制御できない通貨で借り入れているユーロ圏諸国のような国々は,自国通貨で借り入れる合衆国のような国々に比べて,はるかに大きな債務危機のリスクに直面する.自国通貨のある国々なら,いつでも,政府債務〔国債〕を中央銀行が買ったり債務を返済するお金を刷ったりできる.自国通貨がない国では,そうはいかない.

債務が高水準になれば,たしかに悪いこともある.景気悪化に際して経済を刺激しようという政治的な意志を政府が呼び起こすことがより困難になりかねない.だが,債務が低水準の方が国はよくなるだろうという話は,債務を低下させた方が国がよくなるだろうという話と同じではない.債務を削減することで生じる害に比べて,債務が高水準であることに関連したリスクは小さい.

なるほど,将来世代は,今日の債務にかかる金利を払わなくてはいけなくなるだろう.だが,現行の利率だと,アメリカのGDPに対する債務の比が50パーセントポイント上がったところで, GDP に占める実質金利支払い額はほんの 0.5パーセントポイントしか上がらない.歴史的には最高水準に近い支払い額になるものの,前代未聞の領域というわけではない.

こう考えると,財政赤字を政策担当者はそんなに懸念すべきでない.少なくとも,いまのところはそうだ.だが,経済学者のなかには,いっそう急進的な説をとる人々もいる.バーニー・サンダース上院議員の諮問役をつとめていた経済学者ステファニー・ケルトンをはじめとして,いわゆる現代金融理論 (MMT) を支持する人々は,自国通貨で借り入れる政府は予算制約について懸念すべき理由をなにひとつもちあわせていないと論じているのだと広く解釈されている.〔そうした主張によれば〕税の制定にあたってよりどころとすべきは,支出水準ではなくてマクロ経済の状態だ.そして,赤字での資金調達は,金利にはんら影響をもたない〔と,こうした人々は考える〕.政治家のなかには,こうした見解をもちだして,政府は債務をいっさい懸念する必要がないと提案した人たちもいる.(ケルトンその他の MMT 支持者たちの主張によれば,こうした見解は彼らの理論を誤解しているのだという.だが,彼らが真に述べている論がどういうものなのかははっきりしないし,MMT の政治的な支持者たちの大半は,政府債務をまるごと無視するのを正当化する論拠にこれを用いている.)

これは行き過ぎだ.景気下降局面で需要が欠如しているために経済がその力を発揮しきれずにいるとき,現代金融理論が与える答えは,もっと主流寄りのケインズ理論が与える答えと類似している――つまり,いっそう支出したり減税を行ったりしても金利にほとんど影響が生じない.だが,現代金融理論のアプローチは平時の経済状況でとる政策についてはお粗末な指針になる.インフレを制御するために,大規模な増税を行うというのが,その処方箋だ――MMT を唱道している人々はこちらはあまり大きくとりあげないのだが.

実際のところ,高低さまざまな債務水準の便益とコストは,誰も知らない―― GDP の75パーセント,100パーセント,さらには150パーセント,それぞれで便益とコストがどうなっているのかはわかっていないのだ.最良の予測によれば,合衆国は今後30年でこうした数字を越えていく道筋についているという.合衆国政府は予見できる範囲の未来ではなお支払い能力があるだろう.だが,不確実な世界で対 GDP 比で債務を永遠にあげ続けるのは賢明でないだろう.現代金融理論を提唱する人々の一部が言うとおりに財政政策を調整したり金利を上げたりすることなしにこの状況を維持しようと試みるのは,ハイパーインフレを用意するレシピとなる.


どうやって現状にいたったのか

広く信じられている誤解に,こういうものがある――「財政赤字が拡大した主な理由は,政府プログラムがますます気前よくなってきたからだ.」 そうではない.赤字が大きく膨らんだのは,繰り返された減税によってかつての予測や歴史的な水準を下回るまでに政府の歳入が劇的に減少したからだ.ジョージ・W・ブッシュ大統領とドナルド・トランプ大統領による減税っは,合計で GDP の3パーセントにおよぶ――過去30年にわたる福祉支出の予想増加額を大きく上回る数字だ.こうした減税により,2018年には,連邦政府は GDP のほんの16パーセントほどに等しい歳入を得ることになった.これは,過去半世紀でも最低の水準で,景気後退のごく短期間にしかこれほど低水準になったことはない.ブッシュとトランプの減税(さらにそれにともなう債務への金利支払い)がなかったら,去年の連邦政府予算は,ほぼ均衡する手前まで来ていただろう.だが,議会予算局 (CBO) の予想によれば,今後5年間の際縫う有為は,GDP の17パーセントを下回り続けるとみられている.これは,ロナルド・レーガン大統領時代よりも1パーセントポイント小さい数字だ.

今日の歳入水準は,こうした GDP に占める割合でみた数字から暗示されるものに比べてさらに低い.もしも税政策が変わらないままであったら,政府の歳入は GDP 比で増加するはずだ.ひとつには,経済学者のいう「実質の所得階層区分(ブラケットクリープ)」("real bracket creep") による部分もある.たとえば5万ドルを稼いでいる人たちよりも 100万ドル稼いでいる人たちにより高い税率で課税するのが公正だと社会は判断している.時間が経つと,経済が成長して,インフレに調整した〔実質の〕所得が増える人たちが増えていく.すると,より多くの人々がより高い税率で支払うようになる.

不十分な歳入につながること以上に深刻な問題点がある.それは,過去25年になされた減税が資源配分を誤ってきたという点だ.〔アメリカでの富裕層に対する〕減税は所得格差を悪化させ,よく言ったとしても経済成長にほんのわずかしか寄与しなかった〔富裕層・所得上位層への減税が経済成長を促進するという説の予想どおりになっていない〕.ごく最近の減税は,2017年の減税だ.これは,その後10年で 1.9兆ドルのコストになるが,経済成長を後押しした部分があるとしてもほんのわずかでしかない.その一方で,所得の分布を富裕層へと移しつつ,医療保険をもつ人の数は減らしている.

国外に目を向けると,合衆国には福祉問題よりも歳入問題の方が多いことが一目瞭然になる.合衆国が社会プログラム支出は,先進国35ヶ国で最下位に位置する.それにもかかわらず,同じグループで GDP 比で見た赤字はもっとも大きい.これは,合衆国が得ている歳入の対 GDP 比が 35ヶ国中で下から5番目になるほど小さいためだ.

支出,とくに福祉への支出が増加しているのが赤字の原因だという考えは,間違った数字と間違った分析の組み合わせから生まれている.合衆国政府の支出総額は,利子の支払いを除いて,GDP の19パーセントに相当する1960年から2000年にかけては平均で18パーセントだった数字から,わずかしか上がっていない.社会保障とメディケアの支出は,今後数十年でこれ以上に上昇することになる.だが,その上昇分は,他の支出削減で部分的に相殺されるし,現在価値で見た赤字に寄与する分は,過去25年に実施された減税ほど大きくはない.現在価値で見た赤字は,未来の支出と借り入れの現在価値を説明する.

さらに,GDP に占める割合に着目するのは,赤字の原因とそれがどう縮小するかを理解するのにはダメな方法だ.福祉支出が増加しているのは,福祉プログラムがいっそう気前よくなっているからではなく,人口全体が高齢化しているという理由がその大部分を占める.高齢化をもたらしている理由の大半は,出生率の低下にある.退職者が人口に占める割合が増えるにつれて,社会保障とメディケアへの支出も増える.政府が高齢者に対して気前よくなっているのではなく,また,出生率の低下の負担を退職者が負うべき理由もない.

「寿命が延びたことによる福祉支出の増加は,社会保障とメディケアが気前よくなっていることを示している」と主張する人がいるかもしれない.「寿命が延びた分だけ,給付を長いあいだ受け取ることになるではないか」というわけだ.だが,これは問題の見方を間違っている.2015年までに,社会保障の標準的な退職年齢は65歳から67歳までの引き上げを完了する.これで,大半の人々が給付を受け取る期間は短縮される.さらに,多くの低所得アメリカ人はかつてほど長生きせずに亡くなっている.この忌むべき傾向により,より貧しい退職者ほどかつてより社会保障の給付受け取りが減ってしまっている.

政府がどれくらいのことをやっているかはかる方法として GDP に占める割合に注目するのがダメな理由は他にもある:政府がモノを買うコストは,かつてに比べて相対的に増えているのだ.過去30年間に,病院に1日入院するコストも大学に1年通うコストも,テレビを買うコストに比べて2倍以上に増えている.また,中国・イラン・ロシアといった潜在的な対立勢力が軍事支出を増加させているために,合衆国が世界的な軍事的優位を維持するコストはいっそう高くつくようになっている.

もっと抽象的な水準で言えば,格差の拡大により,いかなる政策目標であれ,それを達成するコストが増加している.所得の再分配にどれくらい大きな役割を政府が果たすべきかについては意見がちがっているにせよ,ともあれなんらかの役割を果たしている点は大半の人々が認める.どんな量の再分配をするにしても,格差が大きければ,支出はいっそう大きくなる.


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