(…)疫学者リチャード・ウィルキンソンとケイト・ピケットによる有名な著書『平等社会』(The Spirit Level) ではこう主張している――所得格差が大きい国々ほど、殺人率・投獄率・十代の妊娠・乳幼児死亡率・身体的精神的疾患・社会的不信・肥満・薬物乱用は増える。経済格差が病理を *引き起こす* のだとウィルキンソンとピケットは主張している:不平等な社会のせいで、支配を奪い合う「勝者総取り」競争にひきこまれているように人々は感じていて、そのストレスゆえに人々は病気になったり自暴自棄になったりしているのだ、と彼らは言う。
『平等社会』理論は「左翼の新たななんでも理論」と呼ばれている。複雑に入り組んだ相関から一足飛びに単一原因の説明にむかう理論の例にもれず、この説にも問題がある。 ひとつ挙げれば、身近な職業上のライバルや恋敵や社交上の競争相手ではなくJ.K.ローリングや〔Google創業者の〕セルゲイ・ブリンが存在していることで人々が競争の不安に追い込まれるかというと、それは自明ではない。さらにわるいことに、スウェーデンやフランスのような経済面で平等主義的な国々がブラジルや南アフリカのような不均衡な国々とちがう点はべつに所得分布だけでなくて,他にいくつもある。こういう平等主義的な国々は、もっと豊かで教育水準が高くて政府がうまく機能していて文化的にもっと同質だ。だから、たんに格差と幸福度(他のどんな社会善でもいい)に相関があるといっても、そこからわかるのは、ウガンダに暮らすよりもデンマークに暮らす方がいい理由がたくさんあるということでしかないかもしれないわけだ。ウィルキンソンとピケットの標本は先進国に限定されているけれど、この標本サイズでも相関ははかないもので、どの国を入れてどの国を外すかしだいで相関が出たり出なかったりする。シンガポールや香港のように豊かだが不平等な国々の方が、東欧の旧社会主義国のように比較的貧しいけども平等な国々よりも社会的に健全なこともよくある。さらに劇的なのが社会学者ジョナサン・ケリーとマリア・エヴァンズによる研究結果だ。過去30年以上にわたって68の社会に暮らす20万人の調査により、格差と幸福度を結ぶ因果関係は断ち切られた。(…)ケリーとエヴァンズの研究では、これまでに幸福度に影響するのがわかっている主要な要因を一定に調整した。たとえば、一人当たりGDP、年齢、性別、教育、婚姻状況、宗教的な参加といった要因だ。これらを一定にすると、格差が不幸を引き起こすという理論は「事実の岩礁につぶかって座礁してしまう。」 途上国では、格差は心を暗くするどころか明るくしている:格差の大きい社会の人たちほど *もっと* 幸福なのだ。著者たちによれば、貧しい不平等な社会で人々が感じているのが羨望であれ地位不安であれ相対的欠乏感であれ、*希望* がそれをうめあわせて余りあるのではないか、という。格差は,好機のしるしとうけとられている――上昇移動しやすくなる教育その他の経路は、じぶんや子供たちにとって見返りがあるかもしれない、というしるしだと思われているのだ。先進国では(旧共産主義国をのぞいて)、格差はいかなるちがいももたらしていない。(旧共産主義国でも格差の影響はプラスマイナスが入り混じっていて、共産主義下で育った高齢世代には痛手になっている一方でもっと若い世代には助けになっていたりなんらちがいをもたらしていなかったりする。)
2018年3月22日木曜日
ピンカー Enlightenment Now 抜粋: 格差悪影響論の難点について
スティーブン・ピンカーの Enlightment Now から、ウィルキンソン& ピケット『平等社会』が格差と人々の厚生に因果関係を認めるのは短絡だ、と指摘してる箇所を抜粋:
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