内閣府アカウントによるツイートに,とある批判がなされている.まずは,内閣府ツイートをごらんいただこう:
そして,これに対する批判ツイートはこういうものだ:「飲み物を飲んだら急に眠くなって、気が付いたらセックスの最中だった!」— 内閣府 (@cao_japan) 2018年3月26日
内閣府のホームページでは、このような薬物やアルコールなどを使用した性犯罪・性暴力の被害事例や相談窓口、相談をする際のポイントなどを紹介しています。
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「飲み物を飲んだら急に眠くなって、気が付いたらセックスの最中だった!」→セックスではなくレイプだし、文章からレイプを軽んじる態度が読み取れる。— ぴいすぬ (@pi__sunu) 2018年3月26日
相談をする際のポイントなどを紹介しています。→なぜ被害者が相談する際のポイントを考慮しなければならないのか…。 https://t.co/DSqizNJsOH
この「ぴいすぬ」さんの言う,「セックスではなくレイプだ」という部分の批判は成り立つだろうか.とても成り立ちにくいとぼくは思う.内閣府ツイートやホームページの「気が付いたらセックスの最中だった!」の「セックス」と,上記の批判「セックスではなくレイプだ」の「セックス」は意味がちがう,というのがいちばんの理由だ.
次の例文を考えてみよう:
- (1) 「それはセックスではなくレイプだ」
- (2) 「レイプとは合意によらない強制的なセックスである」
- (3) 「それは動物ではなく犬だ」(犬は動物の一種なので,動物ではない犬はいない;ただ,aibo のような犬型ペットロボットも「犬」にカウントすると話はややこしくなるね,うn)
一方で,例文 (2) の「セックス」はまさにその一般的な意味で解釈されるほかない.もしも (2) の「セックス」を (1) と同じく限定された意味で解釈したなら,それは次のようにパラフレーズできる:
- (4) 「レイプとは合意によらない強制的な [双方の合意による強制されない性行為] である」
以上のとおり,(1) と (2) では「セックス」の意味解釈は異なっている:「セックス」という言葉は,文脈にあわせて少なくともこの2とおりの意味を許容できる.これはべつに特殊なことではなく,同じ言葉でも文脈にあわせて意味が微調整されるケースは散見される(たとえば,A.クルーズ『言語における意味』第5章でそうした意味の可変性を示す具体例があれこれと検討・解説されている.)
さて,もともとの事例に話をもどそう.冒頭で引用した批判ツイートがいう「セックスではなくレイプだ」の「セックス」は,性行為全般の意味ではありえない:「レイプ」と両立しない意味(e.g. 双方の合意による強制されない性行為)に限定される必要がある.これは例文 (1) で見たとおりだ.
一方,内閣府の「飲み物を飲んだら急に眠くなって、気が付いたらセックスの最中だった!」の「セックス」はそうした意味に解釈するとおかしくなる.ためしに,長ったらしくパラフレーズしてみよう:
- (5) 「飲み物を飲んだら急に眠くなって、気が付いたら [双方の合意による強制されない性行為] の最中だった!」
このように,相手が意図しているはずもない意味を想定しないと「セックスではなくレイプだ」という批判は成り立たない.
それでも,こういう言い分はあるかもしれない:「しかしこの事例は明らかにレイプなのだから,『セックス』よりも限定して『レイプ』という言葉を使う方がのぞましいのではないか.」
この言い分も,一理はある:犬を指して『動物』と呼ぶのが間違いではないにせよ一般的すぎるのと同じように,レイプなら『レイプ』とはっきり言った方がよい,という場合もあるだろう.だが,この場合はどうだろうか.
内閣府の伝えようとしていることは,こういうことだ:そうと知らず眠らされていた間にのぞまないセックスをされていたなら,それは性犯罪・性暴力ですよ.このメッセージが新しい情報になるのはどういう人だろう?
眠らされた間に性行為されるのがレイプあるいは性犯罪・性暴力だととっくにわかっている人にとっては,このメッセージはなにも新しいことを伝えない.一方で,これが性犯罪・性暴力かどうか自信をもてない人にとっては,新しい情報を伝える.今回のメッセージが届くべき人たちは,この後者の人たちだ.たとえば「殴ったり蹴ったり怒鳴りつけたりといった行為があるのがレイプなんだ」と思っているような人たちに,こうした事例も立派な犯罪なんだと周知することに意義がある.(ほぼ同様の指摘が先にこちらでもなされている)
もっと単純に言うと,「そのレイプはレイプです」という同語反復ではなく「そのセックスはレイプです」と伝えるから啓発になるわけだ.その点で,「セックス」ではなく「レイプ」という言葉をこの事例では使うべき,という批判も成り立たない.
また,批判ツイートでは,「文章からレイプを軽んじる態度が読み取れる」とも言っているけれど,以上を踏まえると内閣府の文章にそうした態度を読み取る根拠は見当たらない.
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