2018年4月25日水曜日

スタンフォード哲学事典の「言語行為」を訳読しよう #11

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3.4 直接的効力と間接的効力 


「宇宙の拡大は減速している」と主張してみても宇宙の拡張を減速させられはしないし,「こうこうこうなっているんだ」と主張してみても相手にそう信じさせられるわけでもない.だが,この2つにはちがいがある.宇宙の拡張とちがって,相手にそう信じさせることは確言に特徴的な目的だ.言語行為の各タイプには特徴的な目的があるとはいえ,1つ1つ個別の言語行為はかならずしもその目的をもって発せられるわけではない:話者は,相手になにか信じさせる目的もなく確言することがあるし,当人も信じていないことを確言することだってある.個別の言語行為はそうだとしても,ある言語行為のタイプには特徴的な目的があるという説は,しかじかの生物学的な器官にはこういう機能があるという説に似ている.翼に特徴的な役割は空を飛ぶ助けをすることだけれど,空を飛ばない生き物にも翼が生えていることがある.

オースティンは,こうした言語行為〔のいろんなタイプそれぞれ〕に特徴的な目的を発語媒介的行為と呼んだ (1962, p.101).ドアをしめるよう相手を促すことも,ドアをしめるよう相手を説得しきることもできる.このとき,促すのは発語内行為なのに対して,説得しきるのは発語媒介的行為にあたる.どうすればちがいが見分けられるのだろう? しかるべき条件下では,たんに「私はここにドアをしめるよう君を促します」(I hereby urge you to shut the door) と言葉を発するだけで相手を促せるのに対して,「私はここにドアをしめるよう君を説得しきります」と言葉を発するだけでは相手を説得しきれはしない.それでも,相手を促すことに特徴的な目的は,ある行動をとるよう相手を決心させることにある (1962, p.107).コーヘンは,発語媒介的行為とは言語行為に特徴的な目的だという考えを発展させている (Cohen 1973).

発語媒介行為は,発語内行為におおよそ特徴的な目的だが,それ自体は発語内行為ではない.とはいえ,ある言語行為が遂行されたことで別の言語行為も遂行されることもある.たとえば,「あなた私の足を踏んでいますよ」と発言すれば,その発言に加えて,足をどけてもらうよう求めているのだとふつうは受け取られる.そこの塩をこちらに渡せますかとたずねれば,渡すように頼んでいるのだとふつうは受け取られる.こうした例は,いわゆる間接言語行為に当たる (Searle 1979).間接言語行為によく使われるフレーズには次のようなものがある: 'Woud you mind terribly if I ...'(もしよければ…してもらえませんか); 'Might I suggest ...'(…と提案してもよろしいでしょうか); 'It seems to me that ...'(私には…なように思えますね)

間接的な伝達はいたるところで見受けられる一方で,間接言語行為は一見して思われるほどよくあるわけではない.間接言語行為の例示によく使われるタイプの例を考えてみよう.Aさんが Bさんにたずねる――「今夜,いっしょに夕食にこれる?」('Can you come to dinner with us tonight?').これに Bさんがこう返す.「勉強しなきゃいけなくて」(I have to study).Bさんは,忙しくて Aさんといっしょに夕食にいけないことをはっきりさせている.だが,忙しくていっしょに夕食に行けないと言明する発語内行為によってこれがなされたと結論すべきだろうか? それはありそうにないと思われる.なにより,かりに Bさんが「勉強があるからといって Aさんが夕食にこれないわけはないだろう」と考えたなら,Aさんは自分がやっていること〔夕食にいけないと誘いを断る〕について相手を誤解させることになるが,だからといって嘘つきにはならない.だが,こうして返答しているときに Aさんが Bさんといっしょに夕食にいけないと確言しているのであれば,勉強の予定が夕食にでかけるさまたげにならないと〔Bさんが〕受け取れば嘘をついていることになるだろう.これと類推的な論証は,Bさんが遂行していると考えられそうな他の発語内行為についても立てうる.同様に,禁煙する意志があるかどうかたずねることで,禁煙してはどうかと相手に提案していると受け取られるかもしれない.だが,肩身の狭い思いをしている喫煙家は実際にこの解釈に飛躍するかもしれないものの,どんな証拠があればこの解釈がとれるか考えてみるといいだろう.相手に禁煙して欲しいと思っていないかぎり,禁煙する意志があるかどうかを相手にたずねたりはしなかっただろう.それでも,こちらのそういう要望を明らかにするのであれば,〔禁煙を勧める〕提案の言語行為を遂行しなくてもできる.ソール (Saul 2012) は,推意と言語行為理論の文脈で嘘をつくことと誤解を招くことを周到に検討している.

所与の言語行為に加えて,さらに間接言語行為を遂行しているのかどうかは,当人の意図に左右されるように思えそうだ.塩を渡せるかどうか相手にたずねることが塩を渡してくれるよう相手に頼むことでもあるのは,当人がそう理解されるよう意図しているときにかぎられる.夕食や禁煙の例についても同様だ.さらに,こうした意図は聞き手にとって現実的に検知可能でなければならない.いい天気ですねと発言しつつ相手に塩を渡してもらうようお願いすることをこちらが意図していたとしても,その意図をなんらかのかたちで顕在的にしていないかぎりはお願いをしたことにならないだろう.

どうすればこれができるだろうか? ひとつ挙げれば,最良の説明にいたる推論を正当化する証拠を提示する手がある.相手がこちらに塩を渡せるかこちらがたずねた理由をいちばんよく説明するのは,おそらく,こちらが相手に塩を渡すようお願いすることを意図しているというものだろう.また,相手がこちらの足を踏んでいることを(しかもことさら強い声で)こちらが述べた理由をいちばんよく説明するのは,おそらく,足をのけるよう相手に求めるのを意図しているというものだろう.これと対照的に,禁煙するつもりがあるかどうか相手にこちらがたずねた理由をいちばんよく説明するのは,相手に禁煙するよう提案するのを意図しているというものというのは疑わしい.少なくともこれと同じくらいありえそうな説明なら,相手が禁煙するのをこちらが希望している(希望を表出している)という説明もある.Bertolet 1994 は,ここで提案したものよりも懐疑的な見解を発展させて,間接言語行為に該当するとされる事例は,話者の志向状態(希望・欲求など)を文脈の手がかりをもちいて表示したもの (indication) にすぎないと解釈できると論じている.(比較的)明示的に遂行された以外のさらなる言語行為が存在すると仮定するのは,説明のうえで動機を欠くと彼は主張している.

こうした考察から,間接言語行為は,かりにそうしたものが生じているのだとしても,会話の推意 (conversational implicature) の枠組みで説明できそうに思える.会話の推意とは,口に出していったこと以上(場合によってはそれ以下)のことを,慣習的な言葉の意味のみにつきない方法で意味するプロセスのことだ.会話の推意も,伝達上の意図と最良の説明への推論ができるかどうかに左右される (Grice, 1989).それどころか,間接言語行為を説明しようとしたサールの影響力ある論考でも (Searle 1979),やはり会話の推意の観点でこれを述べている(もっともサールは会話の推意というフレーズを使ってはいないが).この観点出見ると,言語行為の研究は会話の研究とつながっている.この話題はセクション 6 であらためてとりあげよう.[9]

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つづく.

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