2016年10月27日木曜日

ミラー先生の『消費』のサンプル訳をつくってみよう (4)

つづき.
これを聞いて,聴衆たちはちょっぴり身を乗り出してくる.ジゼルの母親のジュリエットが質問をぶつけてくる――「そんで,引き替えになにがほしいんだい? そのナイフだのシューズだのを手に入れるのに,こっちはなにを渡さなきゃならないっての?」 キミはこう説明する.「やらなきゃいけないのは,教室で机について直感に反するスキルを学ぶのを毎日ずっと16年間つづけること,ただそれだけですね.あとは,道徳にもとる企業の職場に通ってきつい仕事を週に50時間,これが40年つづきます.その間はまともに子供の世話もできませんし,コミュニティに属してるって感覚もないし,政治的なはたらきもしないし,自然とのふれあいもありません.ああ,そうそう.子供を2人以上にふやすのを防ぐ薬や,自殺願望をおこさないようにする特殊な薬もとらなきゃいけなくなります.じつはそんなにひどいもんじゃないですよ.シューズの意匠,めちゃイイケてますよね.」 仲間の尊敬を集める女家長であるジュリエットは,こちらの目をまっすぐに見据えて,心底から哀れみを込めて,問いかける――「あんた,どうかしてるんじゃない?」  
【対比と選択】
Contrast and Choices  
以上,ちょっとした思考実験をやってみた.オーリニャック期いらいずっと人類のたゆみない進歩と幸福のますますの増大が一方通行で続いてきたというみなさんの信条がゆらいでいればさいわいだ.なるほど現代の生活は,地球にくらす人々の上位 0.1 パーセントに入るものすごいお金持ちにとっては,驚くほどにしあわせ絶頂のゴキゲンなものだったりするかもしれない.でも,もっと公平に評価するなら,比べるべきは先史時代の平均的な人間の暮らしぶりと平均的な現代人の暮らしぶりだろう.

3000年前の平均的なクロマニヨン人を考えてみよう.彼女は30歳の健康的な3児の母で,つながりの密な部族で家族や友人といっしょに暮らしている.はたらくのは1週間に20時間ほどで,オーガニックな果物や野菜を採集したり,放し飼い家畜の肉をくれる男どもといちゃついたりするのが仕事だ.一日の大半は,友人たちといろんな噂話に花を咲かせたり,いちばん末の子供に乳を飲ませたり,子供がいとこたちと遊ぶのを眺めたりしてすぎていく.たいてい,日が暮れると,物語を聞かせあったり身繕いをしあったり,踊ったり,ドラムをたたいたり,歌ったりする.その場にいるのは,よく知っている好ましい信頼できる人ばかりだ.カレシも平均的な人でしかないけれど,しょっちゅう最高のセックスをする.なにしろ,男どもはすばらしい新式の前戯を進化させているのだ――会話,ユーモア,創造性,やさしさという前戯が彼女を最高に気持ちよくしてくれる.(だいたい月に1回,ヒミツの恋人サージと密会する.彼はネアンデルタール人を11人殺した公式記録の持ち主だけど,彼女の肌に触れるときには,まるでアルプスの花々にふりそそぐおだやかな雨のようだ.) 毎朝,彼女は日の光につつまれておだやかな目覚めを迎える.日の出が照らすのは,フランス・リヴィエラ地方沿岸部の青々と草木が茂る6000エーカーの大地だ.その土地すべてを,彼女の部族が所有している.太陽をあびるさわやかな目覚めで,彼女はみずみずしくなる.乳幼児期がすぎると死亡率はとても低いおかげで,この先40年の寿命を期待できる.その間に,彼女は知恵と地位のある女性としてますます価値を高めていく. 

さて,一方,21世紀に生きる平均的なアメリカ人勤労者を考えてみよう.彼女は30歳の独身レジ係だ.フォード社のフォーカスに乗り,ロチェスターで暮らしている.平均的な知能(IQ100)の持ち主で,地元のコミュニティカレッジを中退するまでにほんのいくつかのクラスで C をとった程度だ.いまは小売店でこの仕事についている.イーストビュー・モールにある宝石・貴金属の店ピアシング・パゴダで週に40時間はたらいている.両親やきょうだいは,彼女の家から50マイルも離れたところにある.女性としての魅力やおもしろさも平均的なので,友人はすこしいるけれど,長く続いているカレシはいない.知らない相手とほろ酔い加減でセックスする機会があったら,妊娠を避けるために避妊薬のオーソトリサイクレンを服用しないといけない.そして,セックス相手はめったに電話に返事をよこさない.感情の安定具合もごく平均的だ.ロチェスターの冬は来る日も来る日もずっと薄暗いままなので,自殺願望を抑えるためにプロザックを飲む.毎晩,ひとりぼっちでテレビをながめる.夜な夜な,ジョニー・デップに愛される妄想にふけったり,グウェン・ステファニーと友達になるのを想像したりする.毎朝,彼女は目覚まし時計にたたき起こされて目を覚ます.時計の横にあるプラントは中国製の樹脂でできた模造品だ.起き上がって見渡す住まいは,600平方フィートのアパート.心がすり減っていく思いがする.現代医療のおかげで,彼女はこの先45年の寿命が期待できる.その間に,彼女はしだいに役立たずの年金負担としてますます価値を下げていく.少なくとも,iPod はもってるけど.

最後の箇所,「iPod」がでてくるところにもはや時代を感じてしまう.

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